01Short Story

【特典SS】アルスの能力
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【特典SS】アルスの能力

 アルスは特級冒険者である。下級、中級、上級冒険者ときての特級冒険者である。上級冒険者ですら冒険者たちから見ると「すげぇ!」という感じなので、特級冒険者がどれほどなのかというと「めちゃめちゃすげぇ!」という感じである。
 つまるところ、そのすごさはわかりにくい。
 アルスも積極的に自分のすごさを周囲に伝えようとしないので、ますますわかりにくい。
 リューンフォート冒険者ギルドに出入りする冒険者7人に聞いてみたアルスの印象は、
「金持ってそう」
「なんか知らねえけどすげぇ」
「背が低い」
「こむずかしい話をギルドマスターとしてるのを見るぜ」
「女はアルスみたいなヤツが好きだよな。ケッ! いけ好かねぇ」
 という結果であった。
 回答は5人分しかないのだが残りの2人は「知らん」ということだった。
 そんなアルスの、リューンフォートでの1日を見てみよう。

「……ハッ!?」
 目が覚めると汗をびっしょりとかいている。大体、悪夢を見る。アルスの人生でこれまでに死にかけた経験が2回ある。「2回」と言うと他の冒険者は「たった2回かよ!」と言うので公言はしないのだが、2回である。ただその2回の経験は、筆舌に尽くしがたいものであり、アルスはその2回の経験によって今持っている「ずるさ」や「慎重さ」を手に入れた。アルスはその2回について他の誰にも言わないので、冒険者たちはますますアルスがわからない。
 それはともかく、2回の死にかけた経験がアルスに悪夢を見せる。
「ふー……水でも飲もうか」
 ベッドサイドには常に水がある。飲みながら着替えを始める。
 部屋はこぎれいに整っている。1人で住むには少々広いアパートメントで、5階建ての5階に住んでいる。リューンフォートで5階建ての建築物はレアなので、それだけでもアルスがそこそこのお金持ちであることがわかる。
 ただ、室内の明かりは魔道具で、部屋の窓が開かれることはほとんどない。
 なぜかといえば、侵入者がいるかもしれないからである。アルスは特級冒険者としてそこそこの資産を持っているので狙われたことが何度もある。
 冒険者スタイルに着替えると、5階から1階へと降りる。エレベーターなどないので歩いていく。入口にはコンシェルジュがいるので挨拶をする。アルスは一度出かけるとしばらく帰らないので、その間に清掃員が入って掃除や、洗濯をしてくれる。
 午前の街をふらりと歩き、定食屋さんに入る。
「いつものください」
 アルスが頼むと、女将がむっつりとした顔で、
「アルスさん……うちにゃ、クロワッサンなんてものはないんですよ。いい加減、自分で買って持って来てくださいな」
 ぼやくが、アルスは動じない。なぜならその後に差し出された皿にはクロワッサンがふたつと、目玉焼きがふたつ載っているからだ。アルスのための特別メニューだ。アルスの金払いがいいので、自分の店じゃ作れないクロワッサンも毎朝買い出しに行って準備している。
「ごちそうさま」
 銀貨を2枚置いて店を出る。ここは銀貨1枚でお釣りが来るような定食屋さんなので、アルスは上客と言えないこともない。
「まったくねぇ……。夜にお酒も飲みに来てくれりゃ、言うことはないんだけど」
 女将のぼやきはアルスには聞こえない。
 アルスはそれから冒険者ギルドに向かう。アルスが取りかかる依頼は難度が高いものだ。アルスを名指しで依頼してくるものもあり、そういうときは受付嬢が直接やってくる。今日は、来ない。
 依頼票の貼られた掲示板を眺める。目新しいものはない。アルスに声を掛けてくる者もいない。こういうときに気軽に雑談できる相手がいないことに少々の孤独を感じるが、アルスは動じない。
 お金に余裕はたっぷりあるので、ギルドを後にする。
 仕事はない。天気は良い。こういう日は趣味にいそしむに限る。
 アルスには唯一の趣味があった。それは、地図作りだ。
 リューンフォートを歩き回り、歩幅を一定にしてきっちりと正確な地図を作り上げる。その精度は冒険者ギルドも舌を巻くほどで、アルスが作成した遺跡の地図などは高値で買われ、転写されて各地の冒険者ギルドに送られたこともあった。玄人はだしなのである。
 空間把握能力が優れているともいえる。それこそがアルスをして、特級冒険者にならしめたひとつの要因なのだが、周囲の誰も、アルス本人すらも、そうとは思っていなかった。
 アルスにとってはただの趣味なのだ。
「今日は東区画からやろうかな」
 アルスはそうして、紙とペンを用意して歩き回る。精巧な地図が着々とできあがっていく。他国に売れば侵略の道具になりかねないとんでもない代物なのだが、今のところアルスがひっそりと抽斗にしまっている。
 夕暮れまで歩き回って地図の下書きをすると、屋台で軽食を買って家へと帰る。5階まで上がって軽食を食べながら、地図の清書をしていく。誰にも邪魔されない静かな時間がアルスは好きだった。その後、悪夢にうなされるとわかっていても。
 そんなアルスが新しくできたダンジョンについて知ることになるのは、リューンフォート地図が8割方できたある日のことだった。
 アルスの空間把握能力こそが、初級ダンジョン踏破につながるのだけれど、それを鍛えているのが趣味の地図作りだということにはまだまだ気づきそうになかった。趣味は趣味だというのがアルスの考え方なのである。