01Short Story特典SS
【特典SS】劇場版じゃね?
異世界に聖剣の勇者として召喚された由良夏樹が、地球に帰ってきてから七日目。
「星の海だぁあああああああああああああああああああ!」
ファンタジーを通り越してSFに足を突っ込んでいた。
「ははははは! 飛ばすぞ、友よ!」
三角形の宇宙船の操縦席に座り、サングラスをかけてハンドルを握るのはリトルグレイのジャック・ランドック・ジャスパー・ウィリアムソン・チェインバー・花巻だ。
婚約者のナンシー・ピーティー・ロットロット・ナイジェルマリー・赤星と一緒に、地球に婚前旅行に来ていた
ジャックは、ナンシーが人間に囚われてしまい助けを求めて夏樹とコンタクトをとったのをきっかけに、友人と
なった。
今では由良家にホームステイ中だ。
「ジャックさんってハンドル握ると性格変わっちゃう系の方なの!?」
夏樹の幼馴染みである三原一登は、今まで知らなかったファンタジーの世界を知ったと同時にSFの世界も知ってしまった。
運がいいのか悪いのかはさておき、一登の瞳は宇宙に広がる星々のように輝いていた。
「――――宇宙の果てまで飛ばそう!」
「飛ばしちゃらめぇええええええええええええええええええっ!」
「ジャックさん、落ち着いてぇえええええええええええええっ!」
どういう原理で動いているのか不明の宇宙船が加速する。
夏樹たちの月が見たこともないほど大きくなる。
「しゅげぇえええええええええええええええええええ!」
「月でっけぇええええええええええええええええええ!」
「喜んでくれてなによりだ! 冥王星の果てまで行こうではないか!」
「もう行っちゃえ! どこまでも行っちゃえぇえええええええええ!」
「こうなれば自棄だぁああああああああああああああ!」
地球から飛び出した時には、正直言ってしまうと恐怖の方が大きかった。
しかし、星の海原を走り続け月までたどり着くと、夏樹と一登のテンションはこれでもかというほど高まった。
ふたりは中学生だ。
まるで漫画のような出来事を体験して、喜ばないはずがない。
「では、飛ばそう! 少し揺れてしまうだろうが、捕まっていてくれ!」
夏樹たちに負けじとテンションを上げるジャックが更にスピードを上げようとしたその時、
「はい、そこの船止まってー。スピード出し過ぎだからねー。はーい、止めてー。ちょっと寄せてねー」
回転灯をつけた宇宙船に声をかけられてしまう。
「――あ。宇宙警察がこんなところにいるとは」
「これって」
「スピード違反で捕まるってこと!?」
――その通りだった。
ジャックが言った宇宙警察という組織は地球でいう警察のままのようだ。
犯罪から、交通違反まで取り締まるらしい。
ということで、ジャックはスピード違反で捕まった。
宇宙警察の宇宙船から謎の光が放たれ、夏樹たちが乗る宇宙船を捉えた。
衝撃こそなかったが、感覚的に拘束されたのだとわかる。
「月の裏に交番があるから、そこまで移動してもらいますからねー。抵抗すると、ビームしますんで、よろしくです」
「ちょ、待って、逃げたらいきなりビームかよ!?」
「宇宙警察殺意高すぎなんですけど!?」
「宇宙警察はこのくらいが普通さ。なに、ちゃんと従えば問題ない。それよりも、せっかく、友達の初宇宙なのに捕まってしまうとは申し訳ない。思い出にケチがついてしまった」
ジャックはしょんぼりしていた。
確かに、夏樹と一登にとって人生初の宇宙だ。
だからといって、捕まったことに不満などあるはずがない。
「何言ってんの、ジャック! 初宇宙で宇宙警察に捕まって、月の裏の交番とか最高すぎるじゃない!」
「そうだよ、ジャックさん! これからの人生でこんなびっくりする経験なんてできないよ! ありがとう!」
「――夏樹、一登……君たちは、なんて気持ちのいい心を持つ少年たちなのだ」
ジャックの瞳に涙が浮かんだ。
「――俺たちは友達だろ!」
夏樹が人差し指を差し出す。
一登が、ごくり、と唾を飲み込み同じく人差し指を出した。
ジャックも人差し指を伸ばす。
三人の指が重なり、淡い光に包まれた。
――宇宙船の中で三人の友情を確かめ合った。
■
「地球人を宇宙に連れてくるのはあまり感心しないんですけどねぇ」
月の裏にある交番の中で、夏樹たちは取り調べの最中だった。
夏樹たち三人を担当したのは、宇宙警察の制服を着た恰幅の良い黒人の警察官だ。
体格が良い彼は、サングラスをかけ、ガムをくっちゃっくっちゃ噛みながら、警棒をぱしんぱしんっ、と手で叩いている。
海外ドラマの看守にいそうな人物だった。
一見すると人間に見えるが、彼も間違いなく宇宙人らしい。
「まあ、違法じゃないんでとやかくいうことはないんですけどねぇ。んじゃ、とりあえず、身分証明書……ジャック・ランドック・ジャスパー・ウィリアムソン・チェインバー・花巻って、花巻さんのご子息でしたか」
「……できれば父には」
「俺たちには守秘義務があるんで、そういうのは気にしないでください。ただ、スピード違反ですから。減点と罰金ですから」
「もちろん。申し訳ない」
「いえいえ。わかってくれればいいんです。すみなせんねぇ、宇宙警察側も最近ぴりぴりしちまっていて」
ジャックが素直に謝罪すると、警官も友好的となり、ドーナツとコーヒーを出してくれた。
礼を言ってジャックはコーヒーに手をつけたが、夏樹と一登は顔を見合わせた。
――宇宙の食材を口にしてもいいのだろうか?
――というか、これは本当にドーナツとコーヒーなんだろうか?
食べて良いのかという疑問と、食べてみたいという好奇心がせめぎ合う。
夏樹と一登は視線を合わせて頷く。
「――いただきます」
「――いただきます」
ぱくり、と、ドーナツを食べてみる。
しっとりとした生地のドーナツに、チョコレートがコーティングされている。
チョコレートとドーナツの甘さがちょうどいい。何個でも食べられそうだった。
続いて恐る恐るコーヒーに手を伸ばす。
苦いのは得意ではないが、ミルクと砂糖を入れて飲む。故郷の地球で飲むコーヒーと変わらない。
少し拍子抜けだった。
だが、不思議だ。この普通のコーヒーとドーナツの相性は最高だった。
また宇宙に来たら食べたい、むしろお店を教えてほしい。
そんなことを夏樹と一登が考えていると、ジャックのスマホが鳴った。
「Hello。――ジェシー?」
「ジェシーって誰?」
「いや、俺に聞かれても、夏樹くんの方が付き合い長いんじゃ」
「俺とジャックは先日知り合ったばかりだから」
「そういえば、そうだったね」
ジェシーなる人物からジャックに電話がかかってくるも、ジャックは困惑顔をしている。
「どうしたの?」
「……いや、妹から電話がかかってきたのだが、何も話さないのだよ。後ろから、叫び声や鳴き声が聞こえているのが、不安を覚える」
「え?」
「ちょっとどういうこと?」
夏樹と一登、そして警官もジャックのスマホに耳を近づけた。
息を殺して耳を澄ませると、男数名の怒声、罵声が聞こえる。
続けて、女性や子どもの泣き声。男性のうめき声。何か固いものがぶつかる音と、悲鳴。
「おいおいおいおいおい、これってやばいんじゃね!?」
「なにか、よくないことが起きているよね?」
お世辞にも楽しげな様子はない。
「……ジェシーは旅行中だったはずだ。今頃、地球の周りを一周する船に乗ってこの近くを回っていた……はずだがまさか」
「旅行中の妹さんからの電話の割には違くね? なんか雰囲気違くね?」
「……すまない、夏樹、一登。私は少し行かなければならない」
「は?」
「え?」
「私の妹の乗る船は――宇宙海賊に襲われている」
■
「待て待て待て待て!」
立ち上がったジャックを止めたのは警官だった。
「困ります! 民間人が、それも、よりによってあなたが現場に向かうなど!」
「だが、妹が乗る船が襲われているのなら……幸いここから近くのはずだ」
「だからって、勝手なことをされても困るんです! 最近、ドップニャーニャー海賊団がこの辺りまで活動領域を広げてきたんですよ」
「ドップニャーニャー海賊団だぁ? なんだ、そのふざけた名前は?」
夏樹が割って入る。
ジャックの妹が宇宙海賊に襲われているのも心配だが、襲っている宇宙海賊のネーミングセンスが酷すぎる。
「ふざけたって……あのな、坊主。ドップニャーニャー海賊団は人身売買はもちろん、殺しまで平気でやる奴らだ。地球人の子どもなんて見つかったら攫われるぞ。もしろ、一刻も早く地球に帰るんだ。さすがの奴らも地球には近づけない! なんなら俺が送ろう!」
「だけど、ジャックの妹さんが」
「宇宙海賊には宇宙警察の専門の部署が対処することになっているから大丈夫だ!」
「本当にぃ?」
「……大丈夫だ、と信じてもらうしかない」
警官は拳を強く握りしめた。
彼もわかっているのだろう。
ふざけた名前の宇宙海賊だが、やることは殺伐としているようだ。
ジャックの妹はもちろん、一緒にいる人たちの身の安全も気になってならない。
「申し訳ない。夏樹と一登を地球まで送ってくれないだろうか? 私は、妹を助けに行く」
「――ジャック!?」
「ジャックさん!?」
ジャックの瞳には強い意志と決意が宿っていた。
彼のような瞳を持つ者は止めることはできない。
警官が頭を抱えているが、夏樹がすることはひとつだけ。
「一登、お前は地球に帰るんだ」
「――な、夏樹くんまで!?」
夏樹は立ち上がる。
身体から魔力が吹き荒れ、雷となる。
「ジャック……俺も一緒に行くに決まってるじゃない! 誰が最強の勇者だって? この俺、由良夏樹だぁああああああああああああああああ! なーにが、ドップニャーニャーだ! ふざけた名前の海賊団は――ぶっ潰してやる!」
アイテムボックスから魔剣を引き抜く。
突然の武器の登場に警官が驚いた顔をしたが、構わない。
「なーに、安心しろって。映画一本分の尺で言ったら、三分の一はもう消費しているぜ。なら、残りの時間でドップニャーニャー海賊団をぶっ潰して、妹さんを救って、スタッフロールだ!」
「――友よ。いいのか?」
「あのさぁ、友だからいいんだよ!」
夏樹が人差し指を伸ばすと、ジャックも人差し指を伸ばした。
「じゃあ、俺も行く!」
「――一登!?」
「俺だけ地球に帰るなんて嫌だ! 夏樹くんのことだからどうせ無双するんだろうけど、それでも俺だけ安全な場所で知らん顔をできない!」
一登の言葉に、夏樹は思い出した。
三原一登は最高の親友だ。
そんな彼が、夏樹たちが宇宙海賊と戦うと知り、「じゃあ頑張ってね」と言って安全圏に行くはずがない。
彼ほど優しい人間はいないのだから。
「待て待て待て、いち警官として。いや、警官じゃなくても一般人がしかも子どもが海賊にかてるわけがないだろ!」
「だからって、どうするんだよ?」
夏樹が紫電を纏う。
「おじさんはめちゃくちゃいい人だと思うけど、――俺を止めようとするのなら」
続きは言葉にはしない。
だが、察して諦めて欲しい。
「――わかった」
警官は、深く、深くため息をつく。
そして、首から吊り下げているバッジを外して机に置いた。
「――おじさん?」
「おじさんじゃない。俺の名前は、ボブ・モラレス・ウィン・ダーナー・スイトミー・牧原だ」
「……なーんで宇宙人てみんな名前長いの!?」
「俺にはお前たちくらいの子どもがいる。そんな子どもたちを海賊と戦わせるくらいなら――」
彼は交番の奥に入ると、ガタゴトと音を立ててから完全武装で戻ってきた。
「――俺も戦うぜ!」
「ひゅーっ、かっけー!」
こうして、ボブ・モラレス・ウィン・ダーナー・スイトミー・牧原を仲間に加え、四人でジャックの妹を助けるために宇宙船に飛び乗って出発したのだった。
■
ジェシー・ランドック・ジャスパー・ウィリアムソン・チェインバー・花巻は、幼い頃からお転婆を絵に描いたような少女だった。
幼少期は快活で少年たちに混ざって遊ぶ子だったが、ジェシーは地球に興味を持ち本格的に地球学を学んでいた。
兄ジャックの婚約者も様々な星の文明を学ぶ先輩ではあるが、ジェシーは地球だけに強い魅力を感じている。
そんなジェシーは普段スポーツインストラクターとして働きながら、大学で地球学を学ぶ日々だった。
大学が長い休みになったので、仕事は休暇をとって地球の周りを一周する小旅行に出かけたのだ。
――だが、まさか、恐ろしい宇宙海賊団に船ごと占拠されるとは思わなかった。
地球の周りは比較的平和だ。
まだ未開である地球と不用意に接触しないように、宇宙警察が目を光らせていた。
観光で行くことはできるが、犯罪歴をはじめ細々としたチェックをクリアしないと地球に行くことはできない。
最近、兄が婚約者との婚前旅行で地球に行ったことを知り、せめて地球を見たいという欲求に駆られてツアーに参加したのだが、地球の近くで海賊団に襲われるとは想定外だった。
おそらく、比較的富裕層を対象にしたツアーだったことが、悪名高いドップニャーニャー海賊団に目をつけられてしまったのは仕方がないことだった。
「ママぁ、怖いよぉ」
ジェシーたちはひとつの部屋に集められていた。
その中には子どももいるし、政治的に、社会的に有名な者もいた。
このままでは人質にされて身代金を請求されてしまうだろう。
それだけならいいが、最悪殺されるか、奴隷にされて酷い目に遭うだろう。
奴隷は禁止されているが、宇宙海賊にそんな理屈が通用するはずがない。
(最悪の場合は私が戦うしかないですねー。お兄ちゃんがきてくれるって信じていますけどー、お兄ちゃんが強いわけじゃないですー)
身を守る武器の類はすべて没収されてしまった。
武器を持ち命を奪うことに何も思わない海賊を、無手で相手にできるだろうか。
ジェシーは、不安になる。
家族を大事にする兄は間違いなくくるだろう。
自分が助けを求めてしまったばっかりに。
(――誰か、助けて。創世の女神様!)
ジェシーが願うと同時に、部屋の扉が開いた。
わずかな期待を込めて顔を挙げると、そこにはドップニャーニャー海賊団の幹部である、男がいた。
猫の耳を生やした強面の髭面の男は、いやらしい笑みを浮かべている。
手には銃を持ち、下手に抵抗すれば撃たれてしまうだろう。
ジェシーたちに恐怖が襲う。
泣きそうになった子どもの口を、親が必死で抑えていた。
彼の興味がこちらに向きませんように、とこの場にいる誰もが願った。
「あ、ああ……あ」
しかし、男は動かない。
今にも消えそうなか弱い声を出しているだけだ。
(何が起きてるのねー?)
ジェシーが不安と疑問を浮かべた瞬間、海賊団幹部の男は細切れになって崩れた。
「――ひ」
新たな恐怖を覚え、声を出したのはジェシーだったのか、それとも他の誰かだったのか。
靴跡が響き、瞬く間に細切れになった海賊の背後からあどけない笑みを浮かべた少年が現れた。
「ちーっす! 海賊に捕まった方々! 助けにきましたよー! ひゃっはー!」
「いや、あのさ……夏樹くんのほうが怖いからね!?」
■
時間は少し遡る。
ジャックの船に乗り込んだ夏樹たち四人は、こっそりと海賊船が拘束する観光船の中にいた。
夏樹とジャックの腕には、「宇宙技術が詰まった」腕輪が嵌められている。
聞けば、この腕輪があれば宇宙空間でもしばしの活動ができるらしい。
もともと宇宙に対し耐性のない、地球人には必須アイテムのようだ。
何よりも夏樹たちを驚かせたのは、宇宙船の中にいながら地上と変わらぬ動きができることだ。
無重力を味わえないのは残念であるが、今は慣れない環境で戦うよりも、慣れた環境で戦ったほうがいい。
さくっと海賊共を殺してしまおう。
「よし。作戦はシンプルだ。とりあえずエンカウントした奴は全員殺す。エンカウントしなくても殺す。隠れていても殺す。逃げても殺す。とにかく殺す。オーケー?」
「……それは作戦っていわないと思うんだけど」
「友よ、殺戮はどうかと」
「この地球人の坊主怖い!」
観光船の中は、静かだった。
夏樹と一登が想像する、世界一周の旅で乗りそうなフェリーの印象だ。
廊下は赤い絨毯が敷かれ、壁に埋められたパネルには海と思われる映像が映し出されている。
「とりあえず、進もう。ジャック、妹さんは?」
「向こうにいる」
ジャックは妹の携帯からどこに彼女がいるのか割り出し、おおよその場所を把握していた。
「んじゃ、行きますか」
夏樹が魔剣「常闇の剣」を右手に持つ。
ジャックと宇宙警察官ボブは宇宙的な拳銃を構えていた。
一登が手に持つのは、宇宙的な剣だ。詳細に説明するといろいろな場所から苦情が来そうな形状をしている。ただ、殺傷能力は低く、代わりに刀身が強力なスタンガンになっているらしい。
夏樹と違い命を奪ったことがない一登への配慮だろう。
「……友よ、慎重に頼む」
「任せろ」
息を殺して廊下を進むと、開けた場所に出た。
観葉植物が並び、噴水がある。
その奥には大きなスクリーンと、椅子が並び、何かのイベントでもする場所なのかもしれないと推測する。
「――っ」
夏樹は息を呑んだ。
前の前に開けた場所には、十人の海賊団が完全武装で立っている。
だが、余裕なのだろう。
笑い声を響かせ、品のない話をしていた。
人質で遊ぼうぜ、などとふざけたことを言っているようだが、あまり内容が頭に入ってこない。
それもそのはず、
「――猫耳、だと」
海賊たちには、猫耳があった。
装備されているものなのか、生まれ持って備わっているものなのか夏樹にはわからない。
しかし、屈強なおっさん、スキンヘッドのおっさん、モヒカンのおっさん、なぜか半裸のおっさん、頬に傷のあるおっさんたちに頭部に可愛い猫耳が生えているのは、見るに耐え難い光景だった。
「――ドップニャーニャーの、ニャーニャーって猫耳の意味だったのか」
「ぶはっ」
猫耳のおっさんたちを見て口を抑えて必死に堪えていた一登が、夏樹の考察についに我慢できず吹き出してしまう。
「――誰だぁ!」
男たちが一斉に夏樹たちに銃口を向けた。
「ご、ごめん」
「心配するな、秒で終わる」
夏樹の行動は早かった。
銃口を向けられても臆することなく魔力で強化した肉体を駆使して這うように疾走すると、手前にいた男の顎を足の爪先で蹴り上げた。
宙に浮く男を魔剣で横に両断すると、血飛沫が飛ぶ。
海賊たちは予想していなかったのだろう。
突然の仲間の死に、引き金を引きことを忘れて呆然としていた。
それが命取りとなる。
「馬鹿な奴らだ」
夏樹は冷たい声を出すと、とりあえず全員の銃に触れている腕を肩から斬り落とした。
ようやくここで数人が夏樹を敵と認識した。
だが、遅い。
遅すぎる。
懐から拳銃やナイフを出した海賊の首が胴体から離れて宙を舞う。
しばらくして、床に落ちて転がった。
「ひひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
腕を抑え、仲間の突然すぎる死に絶叫を上げる海賊たち。
あまりにも弱く、雑魚と呼ぶ気にさえならない。
「かかかかか! ガキの癖にやるじゃねえか!」
広場に繋がる扉の奥から、まさに海賊の中の海賊のような男たちが現れる。
全員が猫耳を装備している。
いい加減、お腹いっぱいだ。
「俺は、この船を乗っ取ったドップニャーニャー海賊団幹部であり、にゃんにゃん号副船長の――」
男の言葉はそこで途切れた。
「話長えよ」
夏樹が男の台詞が終わるのを待てずに斬り殺してしまったのだ。
斜めに斬られた男が、床に血と内臓をぶちまけながら倒れる。
「兄貴! てめぇ、口上の最中に……」
「あ、そういうのいいんで」
夏樹は相手が口上など聞くつもりはない。
戦場において、夏樹と敵は殺すか殺されるかだ。
会話するつもりなどないのだ。
「と、友よ、これでは隠密もなにも」
「夏樹くん……ちょ、やりすぎ。うえっ」
「クレイジーな坊主だぜ!」
一連の夏樹の行動に、ジャックたちはドン引きだった。
だが、ここで足を止めるわけにはいかない。
「このまま押すぞ! 全員ぶっ殺せば、気づかれていないのと同じだよ!」
「友よ! そんなことはない!」
「出た! 夏樹くんルール!」
「地球人っていうのはこんなにぶっ飛んでんのかい!?」
一度走り出せば止まれない。
夏樹だけではなく、ジャックたちも参戦した。
■
「――ふう。次から次へ雑魚どもが出てきやがって。数だけは多いから面倒くさかったな」
傷ひとつなく、汗ひとつ浮かべず夏樹は血の海に立っていた。
「……すげぇ、ジャックさんから借りたソード、スタンガンっていうか雷の塊の剣みたいな感じで斬ったら吹っ飛んだんだけど! 上がったテンションが下がらない!」
「――男の子だな、一登!」
夏樹の繰り出した惨劇から目を背けた一登は、宇宙的なソードの威力にちょっとロマンを感じていた。
「――友よ!」
「ボスを見つけたぜ!」
観葉植物の背後で、巨体を小さくして怯えている猫耳のおっさんがいた。
ジャックとボブに銃を突きつけられて怯えているようだ。
「海賊のボスの癖になにビビったんだか」
「絶対に夏樹くんにビビっているんだと思うよ」
「こんな可愛らしい中学生に!?」
「可愛らしい中学生は海賊相手に血の海を作ったりしないから」
「なん、だと」
「そういうのいいから、早くジャックさんの妹さんを助けよう」
「うっす」
夏樹と一登は、ジャックとボブに近づくと、海賊は「ひぃぃぃっ」と悲鳴を上げた。
「おい、この船の客はどこだ? 素直に答えたら苦しまずに殺してやる。少しでも間違った情報を言おうものなら生まれてきたことを後悔させてから殺す」
「……夏樹くん、あのね、もっと正義の味方みたいなこと言おう?」
「人質を返せ!」
「うーん、余計な台詞がないだけマシかな?」
地球と変わらないやりとりをしながら、夏樹と一登はそれぞれ武器を海賊に向けた。
「ひ、人質は向こうの部屋に集めてあります! お願い、殺さないで!」
「……それはお前次第だなぁ。さあ、案内してもらおうか?」
「ひぃっ、は、はい!」
海賊を無理やり立たせると、人質のいる部屋に案内させる
「なあ、地球人ってこんなにおっかねえの?」
「彼らは特別さ」
「……安心したぜ」
そんなやりとりが聞こえてきたが、気にしないことにした。
しばらく歩くと、怯えながらも海賊は少し饒舌になった。
「お、俺にこんなことをして後悔させてやる。今、こっちに仲間が向かっている。その数、五百だ。三隻の船に、ドップニャーニャー海賊団の精鋭が乗っているんだぜ、お前らは、終わりだ」
「あ、そういうのいいから。早くしてねー。時間稼ぎしようとしなかろうとお前は殺すから。苦しんで死にたくないでしょう?」
「ち、ちくしょう!」
海賊は猫耳をぴこぴこ動かしながら、扉の前に立った。
「ここだ」
「開けろ。罠だったら面倒だ」
「罠じゃねえよ! なあ、頼む! 殺さないでくれ! お前とお前は見たところ地球人だろ、俺たちに何も関係がないじゃねえか!」
「友達の妹を人質に取った時点で、お前は自分から死体にしてくださいって宇宙に祈ったようなもんだ。諦めろ」
「くそっ、くそっ、くそぉ!」
海賊が扉を開ける。
中には人質たちが確認できた。
ならばもう用はないと、夏樹が魔剣を振るった。
次の瞬間、海賊は細切れとなりその場に崩れ落ちて血溜まりを作る。
「――ひっ」
人質たちから悲鳴が上がった。
と、同時に部屋の四方から猫耳を生やした男たちが立ち上がり銃口をこちらに向けた。
「――想定内だ、ばーか」
夏樹が一人を袈裟斬りにした。
「僕に任せて!」
近くに海賊を一登が宇宙的なソードで叩き飛ばした。
海賊は壁に激突して意識を失う。
「ひゅー、やるじゃねえか坊主たち!」
ボブはすでに海賊を一人撃ち殺していた。
ジャックもまた海賊を拳銃で撃つ。
「お兄ちゃん!」
「ナンシー!」
そして、妹を見つけて駆け寄り、抱きしめた。
「妹さん無事だったんだね。よかった、よかった」
「うん。本当によかったよ。さぞ不安だっただろうし、僕たちも兄妹が再会できて一安心だね」
「おう、坊主たち。拘束されている人たちを助けるのを手伝ってくれ」
「うっす!」
「はい!」
人質たちを解放していく夏樹たち。
人の姿の者、植物的な者、動物的な者、形容し難い者などいるが、みんなが夏樹たちに感謝の言葉を伝えてくれた。
異世界では助けても「遅い!」とか言われていた夏樹には、嬉しい出来事だった。
「ジャックさん。こっちは無事に終わったよ。さあ、妹さんを連れて――って、言っても、みんなを放置できないし、どうしようか?」
「……この船を運転して安全な海域まで移動するのが賢明かもしれないな」
幸いなことに、ジャックはこの船を運転できるらしい。
「宇宙警察も応援が来る手筈になっているから、それまで持てばいいさ。問題は……」
「海賊団だね」
一登が不安そうな顔をする。
海賊の言葉が本当ならば、ドップニャーニャー海賊団から船三隻、精鋭五百名がこちらに向かっていることになる。
いくらなんでも数が多すぎる。
「――っ、なんてことだ! もう奴らがきやがったぜ!」
ボブが舌打ちをした。
彼は腕時計を操作すると、小さなモニターが浮かび上がり、近づいてくる宇宙船の姿が確認できた。
「戦艦級か!」
ジャックが驚きの声を上げた。
ボブも、「まずいぜ」と声を震わせている。
「ねえねえ、ジャック」
「どうした、友よ?」
「俺って、今、宇宙空間でも戦えるんだよね?」
「そうだが、まさか――」
「勇者に任せなない!」
夏樹は魔剣を掲げて、にたぁ、と笑った。
■
宇宙空間に由良夏樹はいた。
真っ暗な闇の中にいるが、不安はない。
星々の煌めきと、仲間たちがいる船が背後にあるのだ。
怖いはずがなかった。
「あれが戦艦ねぇ。海賊っていうのは儲かるのかなぁ」
どうでもよさそうな呟きを吐き出すと、夏樹は虚空から剣を引き抜く。
「――聖剣」
無骨な両刃剣が夏樹の右手に握られる。
「あんたたちに恨みはない。――なんてお約束は言わねえよ。恨みはないが、殺さない理由もない。海賊? 俺はね、人様に迷惑をかける奴が大嫌いなんだよ! ていうわけで、さようなら」
夏樹はまっすぐに聖剣を構え、殺意を込めて縦に振り下ろす。
「――かみなりのつるぎ」
稲光と共に戦艦三隻が縦に両断され、爆散した。
■
「ただいまー」
船に戻ってきた夏樹を出迎えてくれたジャックたちは、驚愕した顔をだった。
「と、友よ。強いとは思っていたが、まさかここまでとは」
「夏樹くんて、人間? 勇者っていうか、破壊神じゃない?」
「とんだクレイジーな坊やだぜ!」
夏樹の戦艦斬りに対して、三者三様に思うことがあるのだろう、感想になっていない感想を口にしていた。
人質となった乗客たちからは、夏樹を見る目に恐怖と驚きが見え隠れしていた。
ああ、いつのも目だ、と思ったが、
「でも、夏樹くんらしいっちゃらしいよね。誰かのために喧嘩する。まあ、喧嘩の規模じゃなかったけど、いつもの夏樹くんだ」
「一登」
「友よ。驚いてしまったが、感謝を伝えたい。君のおかげで妹を救えた。家族を失っていたらどうしようと思う。本当にありがとう」
「ジャック」
「へい、坊主。いや、少年。お前は、俺にとって絶対に忘れられない地球人だ。――最高だぜ!」
「ボブさん」
仲間たちの言葉に救われた。
「おっと、そろそろ宇宙警察から応援が来る。地球人がここにいたらまずいだろう。あとは俺に任せておいてくれ」
「いいんだろうか?」
「ま、こっちもクビを覚悟で行動したんだ。それなりにやれることはしておくさ。ただ、次の就職先は頼むぜ」
「任せてもらおう」
「ははは、期待しているからな!」
ボブは笑い、夏樹と一登に手を差し伸べた。
「また会おうぜ、ブラザー」
「おう!」
「はい!」
握手を交わし、再会の約束をする。
「では、友よ! 船で地球に戻ろう!」
妹のナンシーと別れを済ませたジャックが夏樹たちを促した、その時。
「あの、あなたたちは! せめてお名前だけでも!」
ナンシーと、他の宇宙人たちが夏樹と一登に問いかけた。
彼女たちには夏樹への恐怖はない。
「――名乗るほどのものではございやせん」
夏樹と一登の声が重なった。
いつかどこかで見た、言ってみたかった台詞だった。
ふたりは同じことを考えていたことを苦笑し、拳と拳をぶつけた。
――こうして夏樹たちは見事、宇宙海賊を倒し、ナンシーたちを救うことに成功した。
――だが、この時、人質の中で動画を撮っていた者がいて、宇宙的動画配信サービスの中で海賊相手に無双する地球人としてトレンドになるとは思ってもいなかった。
End