01Short Story

【特典SS】一度はやってみたかったこと
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【特典SS】一度はやってみたかったこと

 ――ゴクリ。
 静かな部屋の中で喉が鳴った。実際にこの音を奏でたのは何度目になるか。
 その理由は、沖長の目の前に置かれたテーブルの上にある。
 そこには一枚の大皿。そしてその上には、あり得ないほどに高く積み重ねられた〝みたらし団子〟があった。
 沖長は和菓子が好物であり、その中でも団子系、とりわけみたらし団子が前世の頃から大好物だったのである。
 モチモチとした食感に加え、あの甘いタレがなんとも言えないくらいに味覚を刺激してきてたまらない。あれは日本が生み出した最高の食べ物であると自信を持って言える。
 安いし美味いし腹持ちもいい。極貧の一人暮らしの時に、どれだけ救われたことか。
 とはいってもそればかり食べるには栄養が偏るし、安いといっても大量に買うようなものではない。しかしいつか、夢に見たことはある。
 それは金持ちになった時、一度でいいから、みたらし団子のタワーを目の前に作ってみたいと。
 そして今、それが現実に再現されていた。
 ただ勘違いしないでほしいのは、積み重なったすべてのみたらし団子を店で購入したわけではないということ。いや、正しく言うなら購入したのはこの中の三本だけ。
 というのも三本一パックで売られているのを母が購入し、それを沖長がもらい受けた。
 ならほかの団子はどうしたかというと、もちろん沖長だけに許されたチートを駆使して増やしただけだ。
 そう、《アイテムボックス》で無限化して、こうして目の前に重ねられるだけ重ねた。重ねている時、どれだけ幸福だったかわかる人はいるだろうか。
 一本、また一本と夢が現実に近づいていく度に気分は高揚し、口の中には涎が溢れ出てきていた。途中、何度一本くらい食べてしまおうかと思ったか。
 しかしここは最後まで我慢して、この素晴らしい景色が完成するまで待ったというわけである。
「うんうん、これは最高だなぁ。全部で百本か……いやぁ、これほど《アイテムボックス》に感謝したことはねえや」
 自然と零れる笑み。しかしまだ、これは完成図ではない。次は――。
「――〝回収〟」
 今度はみたらし団子タワーを、皿ごとそのまま回収した。そして今度は一瞬にして、皿に乗った百本のみたらし団子が周囲に次々と出現した。
「あぁ……俺は今、みたらし団子に囲まれてるぅ……」
 香ばしく甘い香りに包まれている感覚。まさに子どもがお菓子の家を夢見るような気分。それが現実になっているのだから幸せ以外のなにものでもない。
 途端に腹の虫が鳴る。早く胃袋の中に放り込んでこいと言わんばかりだ。
「んふふ、待て待て、今すぐたんまり食ってやるから」
 そうしてまずは近場にあるみたらし団子タワーのテッペンにある一本を手に取ろうとするが――。
「――沖ちゃん、ちょっといい?」
 突然自室の向こうからガチャリと扉を開ける音とともに母が顔を出す。反射的に沖長はすべてのみたらし団子を回収する。
「あら、お部屋の真ん中に座って……何してたの?」
「は、はは……別に? ぼ~っとしてたっていうかぁ……そ、それより何か用?」
「もう夕ご飯よ?」
「へ? も、もう!? うわ……三時間も経っとる……」
 時計を見ると確かに夕飯時になっている。どうやらあまりに楽しみすぎて時間を費やしてしまったようだ。ゆっくり一本ずつ、堪能しながら積み重ねていたのが原因。
 しかしいくら楽しんでいたとしても、まさか三時間も経っていたなんて……。
(はぁ……せっかくのハッピーイベントはお預けかぁ。くぅっ、でも次こそは必ず!)
 今度はもっと時間に余裕をもって臨もうと決意し、母とともにリビングへと向かっていく沖長だった。