01Short Story

【特典SS】サムライの本領
Title

【特典SS】サムライの本領

「暇だな」
 私は通信制限下にあるため、搭乗員控え室で電脳のライブラリに格納されていた映像作品をダラーっと流し見しながら呟いた。
 聖J・ロッテンベリー信徒の戦友から頻りに勧められたこともあって、超大作SFを――第一部だけで三シリーズ八〇話近い――有り余る時間を使って等速鑑賞しているのだが、彼(か)の聖人が昇天した後も信徒が膨大な後継作を、それこそ宇宙時代になっても作っていたせいで終わりがないのだ。
 いやまぁ、これでもマジでエンドレスで、今でも筆を引き継いだ人間がいる聖K・H・シェールと、その殉教者達から成る“理論上は終わりのない物語(大規模リレー小説)”よりは追っかけるのが楽なんだけどね。
 だとしても長い。圧縮時間を使わずに見ているから、まだ十分の一もいっていない。寿命が短かった旧人類は、これの果てを見ることができず亡くなった者が多いのも納得だ。
 ともあれアイツ、機械化人ファンメイドのリメイク作から――しかもVFXも仮想現実も使わない、ガチで宇宙船作ってるヤツ――オーディオコメンタリを含む制作秘話映像まで送りつけてくるとか布教ガチ勢過ぎて怖いな。新品のデータファイルだったから、すべて揃えるのは古書分も含めりゃ安くなかっただろうに。
 新品を購入して経済を回すのは信徒の義務とはいえ、布教のためによくぞここまでやるもんだ。
 それでも、私の聖R・A・ハインライン信仰は揺るがないけどね。
「このままこれを制覇して、今回の任務は終わりかな」
『定期航路ですからね』
 ギシリと無重力下における身体固定用の椅子を軋ませながら独り言ちると、相方のセレネが傍らで細やかに指を動かしながら、編み棒と複数色の超伸縮ファイバーを操って非常に複雑な幾何学模様の編み物を作っている。
 我々機械化人にとっての暇潰しが過去の聖典(コーデックス)を読んだりVRに耽溺したりするように、数列自我知性体の暇潰しは余剰リソースを使っての計算だ。編み物というのは目の数や割り込む糸を計測するなど非常に複雑な計算行動を伴うため、筐体に納まった彼女達にとっては無聊の慰めに最適らしく、刺繍や数独と並んで人気がある。
 ちらりと見やれば、指先がブレる程の速度で編み棒が乱舞し、模様が細かすぎて何かのコードかと思うマフラーができあがりつつあった。傍らの籠には既に完成した、現代においても消耗品の靴下やらが五足分詰まっていることからして、彼女も相当に暇をしているのだろう。
 無理もないか。定期航路の通商護衛をしている分遣艦隊の腹に呑み込まれた機動兵器乗りなんて、基本的には空気と無駄飯ぐらいの中間的存在に等しいのだから。
 宇宙海賊というのは浪漫があるが、実際は酸素に水、定期的に補給しなければいけない大量の物資を確保できなくて立ちゆかなくなるのが普通なのだ。
 それに高次連は航宙補給路(スペースレーン)の維持に異様なまでの神経質さを誇るため、軽々に襲えるような戦力を遊弋させたりしない。最小単位が掃宙艇五隻、駆逐艦三隻、指令艦にもなる護衛空母一隻という他国からすると、何処からそれだけの艦隊が涌いてくるんだよと言いたくなる陣容は伊達ではないのだ。
 しかし、これは我々のためにやっているのではない。
 他国から委託を受けてやっている“外貨獲得手段”であって、超光速航行技術や超空間転送技術を持たない技術的に劣った国に対して「ウチの戦力をお安くレンタルいたしますよ」と誘いかける商売であり、守っている荷船はすべて他国のものだ。
 統合軍の補給は重力跳躍門によって前線と後方が指呼の距離という尋常ならざる迅速さで行われるため、こんな
えっちらおっちら襲われる危険性のある航路を何か月もかけて飛ぶ必要性はない。
 だが、それらを安定して製造できない国家や自治体にとっては、我が国が提供するサービスは福音にも等しい。国家予算を大量に海防力で食い潰すのと比べて安価に駆逐戦隊がリースできるのだから、需要が絶えないのは当然のことであった。
 まぁ、航宙艦作るのって大変だからな。建造に莫大なコストが掛かる上、基幹技術の養成から何から見えない出費が凄まじい上、まかり間違って戦闘で撃沈されたら貴重な兵員が一発で十数から下手をすれば百以上を喪うこととなる。
 その上、真面に戦闘行動を取れるように育成するのに基底現実時間で年単位の仕事だろう? それなら駆逐艦一隻作れる金を払って、既知銀河宙域で指折りの技術力を誇る我々を招聘したほうがずっと安全で安上がりというものだ。
「暇だ」
『暇ですね』
 諸般の事情も相まって現在、私の所属は統合軍こと座方面第三集積軍団所属第2045分遣艦隊となっており、そこの1102機動兵器飛行隊に一時配属されている。
 というのも、統合軍というのは極めて流動性が高い組織であり、必要とあればプログラムの更新と圧縮時間訓練で兵科の転科、及び慣熟が極めて容易であるため、人員不足の場所に手透きの人員を気軽に放り込めるからだ。
 故に撃墜数五機越えのエースや、十機越えのエース・オブ・エースを「ここ手薄だなぁ」と軍令部が判断した辺境へ気軽にすっ飛ばすこともある。
 何と言っても我々は一週間あれば、基底現実で半年分以上のシミュレーションによる連携訓練を可能とする上、基本的に放り込まれた部隊でリアルタイム基準ではあっと言う間に編成と連携訓練が完了する。これによって柔軟な組織化と兵站(ロジ)を成立させた統合軍は、まるで仕掛け地雷(ブービートラップ)の如く攻勢圧の弱い主戦線から撃墜王を辺境に送ることができるのだ。
 まぁ、ぶっちゃけ敵に対する威圧目的の戦略的カードであって、一個の戦術単位に過ぎない我々にとっては、さして仕事もなさそうな所に飛ばされて、キル数を稼ぐ機会を奪われる“ハズレ籤”に過ぎない訳だが。
 いや、わかるんだけどね。敵からしたらどれも同じ外見に見える敵機の中に、戦闘飛行時間数千時間越えのとんでもない強敵(レジェンダリ)が伏せているかもしれないという精神的圧迫感を与えたいという気持ちは。
「通信制限下だと持ち込める作品数も限られるし、持ってきたデータも飽きたな。というか長い。脳味噌(コード)が変になりそうだ。かといって第二種警戒体勢下だとVRにも潜れん」
『弊機も共通記憶領域から切り離されているので、雑談相手が上尉しかいなくてどうしたものかと。戦闘艦は基本的に単機管制(ワンオペ)なんで、オペレーターとずっと駄弁っているのも不毛ですし』
 長く連れ添った相方なのもあるが、閉鎖環境にいると話題も尽きる。かといって対戦ゲームでは処理速度で優位な数列自我知性体と競り合うと、こっちはカンと経験に頼った運ゲーを叩き付けることとなり、結果的に5:5でレートが固定されるのであまり面白くない。
 かといって第一種戦闘態勢警報が鳴ったら直ぐに起きられる、浅い睡眠を取って時間を吹っ飛ばすのも何だか勿体ないので、直援や偵察から外された私はダラダラと第二搭乗員待機室で――ブリーフィングは通信で終わるため、パイロットが一掃されないようリスクヘッジで搭乗員の待機場所はバラバラだ――無聊を託つしかないわけだ。
 まっこと広い宇宙は、この暇でしょうがない時間との闘いだ。虚空を亜高速航行する艦隊は次の目的地まで数時間の航行を行い、重力跳躍門を経由して様々な星系を往き来して物資の搬出入を行う。
 居住惑星から、その衛星に辿り着くまでなら基底現実時間で加減速の都合を踏まえても一時間ちょいなんだが、流石にそれを何回も何回も繰り返すと膨大な時間となる。
 しかも、積み荷を衛星軌道に降ろしたり、場合によっては輸送艦が地上に降りたりで、人員のやり取りもあるため静止衛星軌道での待機時間も馬鹿にならん。航宙艦規模の星系ワープ技術を持つ我々でさえ、荷物単体での転送は“消費電力の割に合わない”として基礎理論だけで止まっているため、今もドローンや作業員がえっちらおっちら運んでいるのだ。
 その時間の待機も含めると、全面戦争には発展していないが紛争状態にはある、こと座協商連合に近い宙域でも通商護衛は気を張る必要がある上、時間が掛かるので常に漬物石が頭に乗っかっているような圧があって中々に疲弊する。
「戦っているほうが楽、というのも業が深い種族だなぁ、人類」
『実際、旧地球の塹壕で兵士がスコップで殴り合っていた時代も、待っている時間が苦痛だとして突撃発起前に跳び出す事態が相次いだそうなので、最初からそういう風にできているのでしょう』
 怖ろしく緻密なアーガイル模様のマフラーを編み終えたセレネは――私の首は一本しかないのに、何本作るつもりなんだ――編み物に飽きたのか、今度は裁縫セットを手に取った。
 ほんと、ただただ待機ってのは地味で退屈で仕方がないなと思っていると、セレネが人間で言うと耳があるあたりに手をやった。視覚野の立体(ホロ)投影には通話中とポップが浮かんでいるが、これが見えない人間、あるいは視覚素子が故障した相手にも“今忙しいですよ”と示すために旧人類から受け継いだ所作だ。
『失礼、機着長から連絡が。少し行って参ります』
「仕事か、いいなー」
 何だか変なやり取りだが、暇をしていると仕事があるだけで羨ましく思える。私は自分に割り振られた機体の整備に出て行くセレネを手を振りながら見送って、さてどうしたものかと頭の後ろで手を組んだ。
 流石にここしばらく聖J・ロッテンベリーにどっぷりだし、別の作品でも見るか。折角宇宙の大海にいるのだから聖Y・Tの英雄伝でも見ようかな。アレも大概長いし外伝作品とかリメイクが膨大にあるんだけど、知ってる内容だけあって見てて気楽なんだよな。新しく出てくる人物の名前とか相関図とか、メモしないでも思い出せる作品ってのは精神安定に良いのだ。
 基底現実で数時間ほど帝政と民主制が不毛な人命の大量損耗を行う星間戦争の物語を――私は断然初代派だ――楽しんでいると、不意に船がズンと揺れた。
「うおっ!? 何だ!?」
 奇妙な衝撃に私は力場吸着している安楽椅子から転げ落ちかけた。慌てて現在搭乗しているホウショウ級軽護衛母艦“タッピ(龍飛)3021”の航行ログにアクセスしてみるが、一光秒での光速巡航状態であって、急な小惑星の回避機動やら何やらを行った形跡はない。
 となると、これは……。
『艦内警報(レッドアラート)! ケース甲二〇二!! 敵移乗攻撃を感知! 繰り返す! ケース甲二〇二! これは訓練ではない!!』
 やっぱりか! くそ、目聡い こと座協商連合め! 分離主義勢力に統合軍では退役処理された物資を安価に売り捌いていることを見つけて襲い掛かって来やがったな! おのれ、我々があわよくば反乱とか起きないかなーと慈善事業価格でやっている商売をよくも!!
 というか、巡航速度で走っていて、警戒機もブンブン飛んでいるのを抜いて移乗攻撃用の小型艇を直撃させてく
るって、連中また新技術を開発しやがったな。ステルス性と高速移動時の捕捉性能を上げるのはイタチごっこではあるが、直進ではなく警戒体勢で乱数機動航路を翔んでいる我々に直撃させるとか、また器用な真似を!
『ブロックC-24からB-22にまで中隊規模の敵浸透を確認! 現在隔壁と宙兵隊で対応中! 全搭乗員は緊急発進(スクランブル)!!』
 中隊規模!? ってことは複数同時強襲か!
 護衛空母の“タッピ3021”は分遣艦隊旗艦だけあって宙兵隊も搭乗しているが、その規模と同等となると大分厳しいな。ドローンや自動迎撃システムの援護はあろうが、CICと主機室を守るので手一杯だろう。
 そして、強襲移乗をしてきた以上、敵艦隊が近くにいるのは確定だ。このまま我々を宙の藻屑に還すべく砲戦を挑んでくるのは想像に難くない。
 しかし、敵が乗り込んできている中、スクランブルってまた難儀なことを言うな。まぁいいや、待機室は格納庫まで一ブロックしか離れていないから直ぐに到着でき……。
『敵破壊工作に対応するためブロックF-1から22番通路を二重封鎖します』
 って、待て待て! それ格納庫までの最短ルートじゃないか! しかも、二重封鎖ってことは隔壁を降ろすだけじゃなくて発泡金属を流し込んで完全封鎖するってことだろう!?
「ド畜生め! セレネ!!」
『上尉! 格納庫は無事ですが、通路が防衛線のために複雑化する目的で各所で封鎖されました! 最短経路を送ります!』
 打てば響くという具合に報告してくれた相方は頼りになるが、ポップした地図は大変宜しくない。
 ええい、七ブロックも遠回りだと? しかも、搭乗員が到着できるよう完全封鎖は行っていないあたり、敵との遭遇戦になる可能性が高いじゃないか。
『護衛ドローン到着まで二四〇秒ですが……』
「その時間が惜しい! 二〇〇秒でそっちに行く!」
 お守りが必要な歳でもなし、本分を果たすためにさっさと行こう。
 私は文字通りの押っ取り刀、椅子の傍らに固定してあった愛刀“国綱 Type-A”を引っ掴んで待機室を跳び出した。第二種警戒体勢状態だから、軍服ではなく作業用ツナギのままダラダラしていたので着替える必要がなくてよ
かった。
 船内は薄暗く、静かだ。それも当たり前の話で、我々の軍艦は一部の“接待用”を除いて脆い旧人類を乗せることを想定していなため、与圧も酸素供給もされておらず、照明の一つもついていない。高感度視覚素子が標準搭載の軍人に合わせて造ってあるから当然のことで、軽装備の敵を真空環境という武器で撃退する意図もある。
 とはいえ、気密対応の強化外骨格を着ていない兵士なんて、現代の戦場には存在していないので、ちょっとした攻撃で密封が破れた敵を生かして帰さないための嫌がらせでしかないのだが。
 磁力吸着靴の電磁石をオフにして浮かび上がり、床を蹴って軽く飛んだあと天井を蹴って加速。瞬間的に速度を稼いでから、数度同じことを繰り返して走る数倍の速度で船内を飛翔。慣れた宙兵隊のやり口でパイロットのやることではないが、私は郷土防衛軍時代に無重力戦闘の経験も積んでいるので得意だ。
 よし、この調子だと四五秒早く目的に到着できる……。
『上尉! 一般船室の壁を突破して敵移乗部隊が移動経路上に進出しています! 経路を変更してください!!』
「あぁ!?」
 警告が一瞬遅かった。突き当たりの壁に勢いよく着地して次の衝撃への反作用を得ようとしていた私の視界に、壁を発破してゾロゾロ這いだしてくる敵の姿が映る。
 間違いない、こと座協商連合の正規強化外骨格。アメフトの防具をそのまま外骨格にしたような無骨さと、彼等のシンボルカラーに染めた青を見間違うはずもなし。旧地球を宇宙から観測した時の色を律儀に守って染め上げた装甲の群れは一個分隊一二名。
 磁力吸着靴で艦内の床に設定された面に張り付いている彼等は、旧人類のお約束なのか、態々個体の識別がし易いように肩部に部隊章がペイントしてある。頭蓋骨に齧り付く子犬? ったく、センスが悪いな。
「いかん、捕捉された」
『上尉! 退避を!!』
 セレネは逃げるよう促してくるが、先陣切って穴から跳び出してきた短機関銃を構えた前衛(ポイントマン)が見逃してくれる道理もなく、目付きの悪い双眼型(ツインカメラアイ)の視覚素子がこちらを睨んだのがわかる。
 このまま逃げようとしても機動力の差で背中から撃たれるな。幾ら壁を蹴って素早く移動できても、大型スラスタ付きの外骨格には勝てん。今から頼んで隔壁を降ろしても間に合うまい。
 そうくるとだ。
『上尉! 今隔壁を降ろさせて足止めを……』
「不要だセレネ。ま、浮いた四五秒で行きゃいいだけだよ」
 私は乾くはずもない唇を舌舐めずりして、衝撃を殺す体制から膝を伸ばすと一瞬で加速した。
 逃げれば撃たれる。避ければ辿り着けない。
 要は皆殺しにして押し通ればいいだけの話だろう?
 左手は鞘を引っ掴み、腰前に引っ張って抜刀準備。跳躍の刹那、視界の一部が赤く染まった。
 戦闘用補助機能が視覚素子に映る敵の銃口から危害半径、敵の弾丸飛来予測位置を予め教えてくれるのだ。
 だが、私は仮にも“甲種近接徽章”持ち。銃口から弾が飛んでくる所を予測するどころか、リコイルで暴れてばら撒かれる半径も戦闘プログラムが補助するより先に“読んで”いる。
 読むのは目線ではなく銃口の向きだ。手慣れていれば、それこそ照準器に頼らない腰だめでも弾が何処に飛ぶかを感覚で掴んでくる。なので見るのは弾が飛び出す銃口だ。ここばっかりはどうやっても偽装できないからな。
 戦闘に備えてクロック数、思考速度を最高値まで上昇。世界がぬるりと粘液の中に落ちたように澱む中、私は敵が引き金が引かれるのに合わせて身体各所に埋設され、作業用ツナギの噴出口に接続されたスラスタから推進剤を僅かに吹かして弾丸を回避した。
 物理ロックがあるほうが安全なのはわかるけど、あの引き金ってのはどうにもいかんね。指が微動する瞬間に発砲されるのが丸わかりだから、全部電子制御にしちまえばいいのに。
 そんなことを考えつつ、緩やかに流れる世界の中で船内を傷付けないよう電圧制限を施されたレイルガンの弾丸が背中を掠めて行く。
 私はそれを見送って、壁に着地すると同時に敵が狙いを定める前に再度跳躍。弾丸荒れ狂う虚空を駆け抜け、ポイントマンの頭を乗り越えて発破孔から顔を出した一際重装備を纏った重機関銃手(ヘヴィマシンガンナー)に肉薄した。
 分隊の中でも火力を司る者は真っ先に排除しなくてはならない。特に背部バックパックを大型弾倉に換装し、そこからベルトリンクされたフレシェット(矢)を秒間120発の勢いでぶっ放してくる大火力の針鼠は真っ先に黙らせないといかん。
「ひとぉつ」
 真空中故に音は届かなかっただろうが、彼が聞いた最期の音は間違いなく国綱Type-Aが装甲を割断した鈍い音
だったはずだ。首を守るように胴部から張り出したアーマーの一部諸共に頸部側面が斬り割かれ、無重力の中に大量の血潮が玉となって浮かぶ。
 僅かな痙攣の後に重機関銃手は動かなくなった。こと座協商連合はナチュラルな体を好み、道具を発展させてきたので当然だが、頸動脈を断たれれば容易く死ぬ。脳殻を砕いて光子結晶を態々取りだした上で粉砕しないと、完全な意味消失を迎えない我々と比べてあまりに脆弱すぎる体を恨んでくれ。
 密集陣の中に飛び込まれて混乱する敵、その中でも位置的に最も都合が良かった三時方向にいる敵の首を引っ掴み、反撃のために銃口を巡らせたポイントマンとの間に挟み込む。
 恐らく持っているコイルガンの長さからマークスマンを担当していたと思しき肉盾は、足払いを食らいながら襟を掴まれたせいでバタバタしているが、真空中で背後に立った私に何ができるでもなし。
 そして、私を排除しようとした前衛のレイルガンは火を噴かなかった。
 こと座協商連合の装備が同仕撃ちを嫌って、仲間が射線上にいる時は発砲できないように造られていることは誰もが知っている。理に適っているようで、こういう時に一対一でも駒を交換してしまった方がお得な場面で使えないのは非合理的だ。
 仲間ごと私に速射を叩き込めば、分隊の被害は二人で済んだのにな。
「ふたぁつ、みっつと」
 壁に使うだけでは勿体ないので、捕まえた敵を押しつけることで反作用を得て手に入れた運動エネルギーを用い半回転。
 体の回転に合わせて刃を振り抜き、盾として活躍してくれた彼と、勇気あるポイントマンを纏めて叩き斬った。
「おっと」
 そこまでやったところで敵の増援が銃口を一気に向けてきたので、私はスラスタを噴かして回避。血の玉が霧のように舞って視界を潰す戦場を縫うように泳ぎ、同時にいいものを見つけた。
「借りるぞ」
 先程の肉壁くんが持っていたコイルガンは散弾仕様、つまりショットガンだ。空いた左手で引っ掴み、即座に制御をオーバーライド。本来なら協商連合側の武器使用許可コードがなければ発砲できないそれを、強引に自分の物へと塗り替える。
 そして、一番手近にいた敵のヘルメットに銃口をコツンと触れさせる。無機質なカメラアイが、その時ばかりは困惑したように見えた。
「いつぅつ」
 発砲。心地好い衝撃(リコイル)を伴って悪役面のヘルメットが弾けるように四散した。
 船内での肉薄戦闘を想定していたこともあって、装填されていたのは一粒の破壊力に拘ったスラッグ弾だったために装甲は威力を殺しきれずに吹き飛んだのだ。
 まぁ、主力兵装は自軍の防備を破壊できる性能にするのは最低必要条件だから、当たり前の結果といえば当たり前だわな。
「っとぉ、中々やるな」
 分隊の四割蹴散らしたんだから、戦意を失って退くかなと思ったが、奴さん中々どうしてやる気じゃないの。後衛について仲間の背を守っていた別のポイントマンが、上体を覆える程度の大きさをした盾を前面に押し出して突撃してきた。
 銃弾を遮二無二に放ちつつ突撃する彼は、真空中に音が伝播せず、また通信も繋がっていないが叫んでいるであろう迫力だけが伝わってくる。
 いいね、こういう気合いの入ったヤツは嫌いじゃないよ。
 うん、まぁ、斬るんだけどね。
「むぅっつ」
 リコイルの勢いを借りて銃を手放し、同時に反作用で弾かれる体を泳がせて弾を避けつつ敵の左側へ移動。そのまま流れるように抜き胴を見舞えば、体の三分の二ほどを叩き斬られた敵は勢い余って対面の壁に激突し動きが止まった。
 これで半分、さてどうする?
 と思っていると、流石に向こうも拙いと思ったのか穴の中に引き揚げながら何か投げてきた。
 船内戦闘用の手榴弾だ。クロック数を上げてゆっくりと過ぎていく世界では、筒杖のそれに描かれた識別用ペイントまでよくわかる。構造を破壊するものではなく、船員を鉄片の嵐で攪拌する目的のものだが……。
「こんなものが甲種義体を抜けるかよ」
 呆れつつ、私は真空中であっても体の軸である丹田を軸にくるりと体を回して手榴弾を蹴飛ばした。
 投擲されたのは一つではない。三つ投げられていたので、軌道と角度を計算して蹴ったものを二つ目に当て、その二つ目が壁にぶつかって反射し更に三つ目にぶつかって彼等の退路に飛び込んでいくように仕向ける。
 それから、センサー類が集まっている都合で比較的脆い顔面が破片で損傷しないよう、交差した腕で守るのと同時、五秒間の時限信管が爆ぜた。
 真空中では衝撃波は発生しない。しかし、降り注ぐ鋼の雨に勢いよく押し出された私は、足先から壁に着地し、順に尻と背中でぶつかって勢いを殺す。体の各所に突き刺さった“対人殺傷用”の金属片が表皮を傷付けこそしたが、皮下積層装甲で止まっており、打撃と言えば精々が高効率人造血液(スマートブラッド)の白い玉が浮いた程度。
 それも、真空に暴露された際、即座に破損箇所を埋めるための極小機械群によって凝結して塞がった。
 壁に叩き付けられてロスしたのは高々三秒というところか。
 一方で、こればっかり(手榴弾)は窮余の際に用いることを加味して、敵味方識別をかなり緩くしている協商連合の招かざるお客様は至近で炸裂したせいで、相当に酷い目に遭ったようだ。壁の穴の向こう、光の一切差さない暗がりを高感度視覚素子で覗き込めば、隊列は乱れきっていた。
 ヘルメットの感覚素子が粉砕されて顔を押さえて蹲る者。脆い可動部に喰らったのか手で必死に押さえて気密を保とうとしている者など様々だが、真面に戦闘態勢を取れている者は誰一人としていない。
「はっ、素人が」
 投げ物(爆弾)を放りつつ撤退というのは定番だが、ソイツは斬り込み上等の我々は何度もやられていて“慣れて”いるんだよ。ぺーぺーの二等卒になった瞬間から訓練カリキュラムで叩き込まれることを、郷土防衛隊上がりの私が知らない訳ないだろ。
 我々にとって五秒は長すぎるのだ。信管を三秒にセットするか触発式にしておくべきだったな。
 そうすれば、直撃で四肢の一本もお土産に持っていくことができただろうに。
「はい、残念賞」
 私は壁を蹴って崩れきった敵中に突入し、追ってこられないよう残った六人を一息に膾斬りにした。首を断ち、胴を薙ぎ、腕を落とす。確実に無力化する。
 そこに感慨はない。ただ軍人として、最も敵にダメージを与えられる“兵器の中で最も高価なパーツ”を破壊したという実感があるだけだ。
 残心の後、刃を軽く叩いて血糊を振り落とせば玉となって散る。結合するものがなくて酸化することのない朱い朱い珠は、正にこの宇宙という広大な世界に散らばる命の儚さのよう。
「お、いいものを持っているじゃないか」
 愛刀を納刀して、ガードの間に飛び込み顎に刺さっていた鉄片を引っこ抜いていると、今し方斬り殺した敵の一人がベルトポーチにぶら下げている手榴弾の中に発砲金属弾を見つけた。
 炸裂すると金属の泡がぶわりと広がり、通路を物理的に封鎖する物で、撤退時や敵の増援を阻む目的で守勢側にも攻勢側にも便利な道具を相手さんもちゃんと携行してくれていたようである。
 ピンを引っこ抜き、信号を騙して放り投げて開けてきた穴を封鎖。一個分隊のシグナルがロストしたことを嗅ぎつけて、駆けつけてくるであろう増援がやってこられないようにした。
『上尉! 上尉! ご無事ですか! 何をしてるんですか!』
「今片付けたところ……いや、大分散らかしたか」
 発砲金属が敵の亡骸ごと部屋を埋めるのを背部視覚素子で確認しつつ廊下に戻ると、セレネから悲鳴のような通信が届いた。
 まったく、我が相方は心配性で困る。これでも私はサムライを名乗ることを許されている変わり種の操縦手なんだ。現役の統合軍装甲機動歩兵相手なら手子摺っただろうが、協商連合のベテランだろうと十年も戦っちゃいないヒヨッコに負けやしないさ。
「かかったのは……四一秒か、ギリ遅刻しないですんだな」
『ああっ、もう、毎度無茶をなさる! 宙兵隊から仕事を取るなと怒られても知りませんからね!』
「わかったわかった。それより暖機を済ませておいてくれ、直ぐに出るぞ。歩兵がはせ回ってる今、ぶんぶんとコバエが寄って来はじめる頃だろう」
 私はセレネに叱られながら機動兵器格納庫に辿り着き、無事機体にねじ込まれて本来の仕事をすることができた……のだが。
「えー、貴殿の赫奕たる戦果を讃え、この勲章を授与するものとする」
「恐悦至極に存じます」
 その後、私はとてもとても居心地の悪い時間を味わうこととなった。
 というのも、今回の戦闘で単身にて一二人も撃破したのは私だけ。しかも戦闘用外骨格も着ないでやってのけたということもあって、タッピ3021に乗船していた宙兵隊の面目を丸つぶれにした上、単独最多撃破数ということもあって、何故か銀翼突撃歩卒勲章を受賞する権利を満たしまったのだ。
 異例の戦果に本来は守るはずだった操縦手が勲一等を取らせてしまったことへの悔恨、そしてそれだけの好機に出会えてしまった幸運を妬む眼が綯い交ぜになって体に突き刺さる。
 いや、機動兵器パイロットとしても仕事はちゃんとしたんだよ。協同戦果で敵機動兵器運用母艦を撃沈したし、キルスコアは単独二、共同六、ミッションキル一二と大暴れした。
 ただ、協同戦果ではない単独歩兵キル、そして本来なら自決しているのが妥当な敵中に操縦手一人で取り残された上の戦果が、中央演算処理的には勲章授与のハードルをぐんと上げてしまったせいで、私は何故かパイロットとして持っているものよりも上等な勲章を貰うことになってしまって困惑させられた。
 何とかならないかとセレネに泣き付いてみたが、調子に乗るからですよと素気なくされてしまった上、この針の筵を味わうハメになって、久し振りに痛飲したい気持ちになったのであった…………。

【惑星探査補記】
突撃勲章。軍人、特に赫奕たる戦果を上げた者に授与される勲章であり、望が今回受け取ったものは功四等に値し、尉官級の軍人が受け取れる最高名誉にあたる……のだが、当人はパイロットであるため、礼装姿で式典に参列すると「あれ? 歩卒勲章?」とよく二度見されることとなる。