01Short Story特典SS
【特典SS】辺境伯騎士団第二食堂、カレらのカレーな昼下がり
午前中の仕事を終え、眉間に深いしわを刻み、肩をぐるぐると回して硬くなった筋肉をほぐしながら、医師オトシン・クルスは南方辺境伯騎士団砦内の、医療院の隣にある第二食堂に入った。
食品を扱う場所だからと、常に清潔であるよう整理整頓された第二食堂は、今は人もまばらで、それぞれが黙々と食事を食べ進めている。
そんな彼らに見向きもせず、クルスはまっすぐに配膳カウンターに向かう。
すると、そんな彼の姿を見つけた強面第二食堂厨房長――南方辺境伯騎士団一背後に立たれたら命が縮むと評される――のカゴイが、大きな体で風を切るように歩き出す。
ザンッ!
配膳カウンターを真ん中に、二人はにらみ合うよう対峙した。
「やぁ! クルス先生! 今日は随分と早いお出ましだな!」
にやりと口の端を上げたカゴイの威勢の良い煽り。
「あぁ。今日は仕事も研究も、思ったより早く片付いてね」
それを受け、相変わらず飄々とした表情のクルスは組んでいた腕を解くと、左肘を配膳カウンターにつき、目の前に立つカゴイをにやにやと見上げた。
「カゴイ厨房長。昨日は僕をあっと言わせて見せると大見得を切っていたよね、覚えているかい?」
「あぁ、もちろん」
カウンター越しとはいえ、目の前で仁王立ちし、自信ありげに笑い頷くカゴイに、クルスはぷっと噴き出すように笑う。
「そうか~。そうかそうか、君も努力したんだね」
うんうん、と頷いたあと、にやりとまた笑う。
「しかし、だとしたら、実に残念だ。朝から漂うこの匂い。これは様々な野菜に果物、そして十数種類の香辛料を
使った料理と、それにもっとも見合う独特の穀物の炊けた匂いだ。そうだろう?」
その言葉に、カゴイは少し眉間にしわを寄せた。
「くっ……。流石は先生、そのとおりだ」
「僕はこれを知っているからね。つまり、君は僕のことを驚かせられない。残念だったね」
勝利を確信したクルスは、寄りかかっていた体勢から自信満々に胸を張り、びしっ! とカゴイを指さす。
「今日のメニューはずばり! ライスカレー! そうだろう!」
自慢げに言い切れば、少しの間(ま)。
「……ふ……」
指さされたカゴイは悔しそうに俯き、しかし、ばっ! と跳ねるように顔を上げた。
「ふはははははは! クルス先生! ようやくあんたに勝ったぞ!」
「な、なに!?」
「半分当たりで半分外れだ!」
明らかに動揺(かなり大袈裟で劇的だ)するクスルに、こちらも逐一大きな動作と声で勝ち誇るように、カゴイが笑う。
「さすがの先生も今日の晩飯はわからなかったようだ! そうだろう、そうだろう! とある筋から案を頂き、そこから研究と試作を重ねて作り上げたライスカレー! だが、先生に勝つならここを越えなければならない! そこでさらに教えを乞い試行錯誤して完成したのがこれだ!」
どん! と、配膳カウンターの上に置かれたトレイを前に、クルスは目を大きく見開き、息をのんだ。
「……こ、これはっ!」
料理長の大きな手を両方使って余りある真っ白で大きな皿の上には、つやつやふっくら炊きあがった真っ白な穀物(ライス)が山のように盛られ、その上には衣をつけた大きなオーク肉を大量の油でカラッと揚げてカットしたものと、様々な野菜と香辛料の香りが胃を刺激するカレールゥがたっぷりとかけられた……。
「『カツカレー!』 だ! なんだ、先生はこれも知ってるのか!」
珍しく心底驚いた様子のクルスと自信満々のドヤ顔から一転、ひどく驚いた表情になるカゴイ。
二人のメニュー名を叫ぶ大きな声が食堂内に響き渡り、食事を取っていた若い騎士達が敵襲か⁉ と外に飛び出していく中、当の二人はまったくお構いなしで話し始める。
「まったく、医者様ってのはなんでも知ってるんだなぁ」
今回も新メニューを当てられ、がっかりした表情でため息をついたカゴイに、トレイの上の大盛のカツカレーをキラキラとした目で見るクルスは問いかける。
「厨房長、教えを乞うたって言ったけど、これは誰の発案!? まさか、また」
「おう、そりゃぁもちろん」
「『ネオン隊長!』 だよなぁ~!」
ふたたび二人揃いも揃ってハモってしまった二人。それが楽しかったのか、カゴイは腕を組み、大笑いしながら何度も頷く。
「ネオン隊長はまったくすげぇ御方だ。このカツカレーもだが、かつ丼に唐揚げにハンバーグ。それからメンチカツに角煮丼にハーブの根っこを使った生姜焼き。俺たちの食べたいものがわかっていらっしゃるというか、胃袋の掴み方を知っていらっしゃる! ネオン隊長の発案した飯食いたさに、隊長方が本部からお見えになるんだからな!」
自慢げに話す厨房長の前で、クルスはカツカレーの乗ったトレイを手に、いろんな角度からそれを観察している。
「すごいな、カツカレー! ふっくらご飯に半熟ゆで卵とカリカリに焼いた燻製肉の入ったポテトサラダに福神漬けに甘酢漬け(ピクルス)? 完璧で最高じゃないか! 早速食べるよ!」
「おう、熱々のうちに食っちまいな! あ、そうそう。明日の朝飯もネオン隊長の考案した朝飯だ! 楽しみにしてなよ!」
「うん、楽しみにしているよ」
ズシリと重いトレイを手に、クルスの特等席である食堂の一番隅の席に座る。
「いただきます!」
ぱちん! と手を合わせてからスプーンを手に取ると、まずはご飯だけ、それからカレーだけを一口食べてにやりと笑い、今度はご飯とルーを一緒に食べ始めた。
口の中の皮が全部捲れてしまうんじゃないかと思うくらい、熱々でスパイシーなカレーをかきこむように半分食べると、何もついていない部分のカツだけを齧りガツガツ噛みしめて飲みこんで、油と肉ののど越しを楽しんでから、カレーとご飯とカツ、三つを一気に口に頬張る。
時折水を飲んだり、福神漬けや甘酢漬けを挟み、どんどん食べ進める。
「卵も完璧な火の通り方だ!」
ポテトサラダから救出した半熟卵をカレーに投下し、さらに掻っ込む。
「うん、美味かった」
若い騎士と同じ量のカツカレーを食べ終わったクルスは、少しぬるくなり始めた氷水を飲みながら、窓の外に見える医療院の中庭に視線をやる。
そこではネオンと補佐官であるガラの娘モリーが麦わら帽子をかぶって楽しそうに畑仕事をしているのが見える
「……やっぱり、聞いてたのと違うな」
口元を歪め、面白そうに目を細める。
「……しかも、隙がありすぎる」
ブランデーケーキもそうだが、巡視に出る騎士が砦を出る際に持たされるランチパックは数種類用意されている争奪戦となるネオン考案のカツサンドやハンバーガーもその類だ。
これらを見れば、“お仲間”はピンとくるだろう。
「ま、好きなだけ実験も研究も出来て、美味い飯も食べられているからいいか」
いざとなればどうとでもなるなと思い頷くと、咥えていたスプーンをトレイに置き、う~んと背伸びした後、食器返却口へ向かったクルスが、翌朝『美味しい、最高!』と、二人分の朝食を食べる姿が見られたのである。
***
「ふあ~、夜勤おわったぁ! なぁ、今日の朝飯は何だった?」
「おにぎりと豆腐と海藻のミソスープ、それから腸詰をパリパリに焼いたやつとダシマキタマゴっていう、ネオン隊長の新メニュー」
「あぁ、おにぎり! あれ、最初見た時はびっくりするけど、なかなか美味いし、パンより腹に溜まるからいいよな」
「あぁ、うん。もちろん美味しいよ。だけどな、今日はおにぎりにかぶりつく前に、まず割って中身確認したほうがいいぞ。殺す気か! ってくらい酸っぱいウメボシってのが入ってたんだよ! もう一個の、魚の卵の塩漬け焼いたやつは俺好みで美味しかったけど、あれはない! 耳の下が痛くなった!」
「わかります!」
医療院に出勤して来たレンペスとミクロスが話しているところに通りかかったのは、洗濯物を抱えたアルジだ。
「今日のおにぎりの具はウメボシとヤキタラコですよ。試作品が出来た時にわたしもネオン様と一緒に両方食べてました。ネオン様はもうご機嫌で、ヤキノリにツナマヨもほしい~! と言われましたけど、私もウメボシはなしです! いくらネオン様おすすめでも、あれはないです!」
「だよなぁ。ほんと、お前の気をつけろよ」
「……お、おう。気を付けるわ」
朝食を食べた面々は、皆、顔を見合わせ頷き合ったのである。
FIN