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忠誠心がないと言われたので婚約を解消してあげました。
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忠誠心がないと言われたので婚約を解消してあげました。

著者:さこの イラスト:ウラシマ

第一章 ルビナには婚約者がいる

「それでは二人の婚約を認めることとする。両家のさらなる発展に期待しよう」

 婚約式は教会で行われた。両家が笑顔で見守る中、私たちの婚約は結ばれた。
 私の名前はルビナ・ローゼンと言います。たった今婚約が成立したばかりです。私の婚約者となったのはディートリヒ・モリソン。子爵家の嫡男、そして私の家も子爵家で家格も丁度よく年齢も同じ。お互いの両親の仲も良好だということから婚約をするに至りました。
 ディートとは幼い頃から何度も顔を合わせたことがあるので、この婚約に反対はなかった。まったく知らない人と政略結婚するよりいいかな。そんな感じでした。貴族の結婚とは家の繁栄のために決定することが多く、すごく歳が離れていたり、見ず知らずの人と結婚させられたりすることも多々ある中で、両親が決めた相手はディートだったから私にとっては良かったのかも知れません。
 
 私たちが婚約したのは12歳の時。婚約後はディートとお茶をしたり、勉強をしたりと平穏に過ごしていました。婚約から三年経ち十五歳になると私たちは学園に通うこととなります。学園に入り今まで会ったことがない貴族の子女たちと出会うことは楽しみでもあり不安でもあります。
 今日はディートが家に来る日です。学園から入学パンフレットが届いたので見る約束をしていました。
 ディートが来たのでお茶の準備をして学園のパンフレットを開きます。学園は広大で【騎士科】【一般貴族科】【官吏科】といった感じでクラス分けされます。【騎士科】は男女問わず人気のクラスで【一般貴族科】は経営学を学ぶクラス。ディートは将来、子爵家の嫡男として領地経営をするために必要な科目が多い、一般貴族科を選択しました。私はディートと同じ【一般貴族科】でもクラスが異なり、淑女として花嫁修行の一環である教養を学ぶ淑女コースを選びました。将来は伴侶として彼を支えていかなくてはいけませんからね。【官吏科】は公務員のようなもので、将来王宮で働く事務官になるためのクラス。貴族の次男などが多かったりします。優秀な成績で卒業をするとエリートコース間違いなしだとか? 
 この学園は誰でも入学できる訳ではなく、入学金や寄附金その他諸々出費が重なり、学園に入学することは一種のステータスともいえるのです。「王立学園に子どもが通っています」と社交場で、親たちは声高々に自慢するのもよく見かける光景だと聞きます。
 王立学園に入学するということは厳しい入学試験を合格しなくてはいけません。入学はできても卒業が出来なかったとなると不名誉になるのです。中退なんてしようものなら社交界に顔を出すことを禁じられる程。
 故に皆が切磋琢磨して自己を高めあう場所がこの学園なのです。中には出会いのチャンスを求めて……などという生徒もいると聞いたけれど、風紀を乱さなければ咎められることもありません。結婚し子孫を残すことは貴族として義務のようなものです。
「広大な敷地だし校舎も違うから学園ではディートと会うこともなさそうだね」
 学園のパンフレットを見ると広大な敷地で私のクラスは離れた場所にあります。令嬢ばかりのクラスだから警備のスタッフも校舎の外に待機しているようです。他の科とは少し違っていました。
「そうだな。でも昼は一緒に摂れば問題ないだろう。食堂のメニューも種類が豊富だしな」
「昼休憩には会えるのね」
「どうせルビナは人見知りして一緒にランチするような友達はできないだろうし仕方がない」
 人見知りする性格の私は友達と言える相手がいません。一緒にお茶ができる相手と言えばお兄様の婚約者のシンシアさんくらいです。
「友達ができるといいな」
「最初が肝心だ。挨拶くらいはしっかりしろよ。ルビナ、お茶のお代わりをくれ」
 ディートは学園のパンフレットをじっくり見ていました。憧れの学園生活が楽しくなるといいです。入学してからというもの私もディートもお互い忙しくしているけれど、お昼休憩は婚約者らしく二人で食事をしていました。同じ学園だけど、クラスが違えば中々会うこともないのだからお昼くらいは一緒に過ごそう。という約束をしていました。
 学園では多くの人が食堂を利用するため、メニューは騎士科の生徒がお腹いっぱいになるほどの量を提供されるのです。少なめとオーダーしても量が多く食べきれずお腹がいっぱいになり、お昼の授業に支障が出ることから令嬢たちからは不評なサービスと言われています。
 しかしスイーツセットが美味しく、安価なためこれを目当てに食後のお茶だけに行く生徒たちも多いのです。ランチタイムを利用する生徒と重ならないところを見ると、そういう目論みもあるのかもしれませんね。ランチタイムの食堂は人が多く賑わい、落ち着かないため私がディートの分も昼食を準備し晴れた日は外で、天候が悪い日は休憩室などで過ごします。休憩室は食堂と違い机と椅子があるだけで食事の提供はない。ここを使う生徒はランチ持参の生徒が多いのでした。

 今日は外でいつも通りディートとランチをしていると女子生徒がディートを呼びました。
「ディート!」
「おっ。パトリシアか、どうしたんだ?」
ディートリヒを愛称のディートと呼ぶ綺麗な令嬢。私とはクラスが違うので面識はありません。一体誰だろう? 首を傾げるとパトリシアと呼ばれた令嬢はディートと話し込みました。
「ディートったら本当に婚約者とランチをしているの? 律儀だよね。クラスの皆はディートとランチをしたがっているのにディートは婚約者と約束しているからって言うんだもの。どんな子か見に来ちゃった」
「あぁ、そんなこと? 婚約者のルビナだよ。幼い頃からの付き合いだよ」
 ディートのクラスメイトの方なのね。挨拶しなきゃ。と思い席を立った。
「初めまして。ルビ」
「そんなことより、たまにはクラスの皆と交流を深めるためにもランチしない? バカ話に付き合ってあげてよ」
 私の自己紹介は遮られる形になってしまった。ということは名乗り合っていないのだから、知り合いでもなんでもないということになります。自己紹介をさせて貰えなかったわね。と残念に思っているけれどディートとパトリシアさんの話は続く。私は話に入っていけないのでポツンとしていた。挨拶ができないまま立っているのもなんだし座っちゃおう。二人の会話が聞こえるけれど内緒話でもなさそうだし、そのまま同席していましたが気を遣って席を離れた方がいいのかな? どれが正解か分かりません。
「それもそうだな。ルビナはクラスに友人ができたんだよな? 僕がいなくても大丈夫か?」
 急にディートに声をかけられて返事をしようとした矢先、
「まぁ。ふふっ。ディートったら婚約者じゃなくて保護者みたいよ。友達くらいいるでしょ。女子しかいないクラスなのよ? いない方がおかしいわよ」
 くすくすと笑うパトリシアさん。何がそんなにおかしいのかは私には分かりません。
「そうだな。ルビナ、悪いが明日はクラスの友人と過ごしてくれるか?」
 ディートに言われ「うん」と返事をしました。ディートと過ごさないお昼時間は初めてです。教室で過ごしているクラスメイトもいるから、声をかけてみようかな。

「今日のランチは何?」
 二日後はいつも通りディートとランチの約束をしていました。今日のメニューはサンドイッチとキッシュとフルーツ。ディートはサンドイッチが食べやすくていいと言ったので飽きないように日替わりで中身を変えています。
「午後は剣術の授業があるって聞いていたからローストビーフのサンドイッチにしたの。力を付けないとね」
 ローストビーフのサンドイッチはディートが好きで毎回喜んでくれます。これらを作るのはシェフだけど私は具材を挟む手伝いをしています。が、フルーツだけは自分で切っているのです。
「たまには食堂で食べないか? 毎朝準備してくるのは大変だろう?」
「特に大変なことはないけど、食堂の方がいい?」
 サンドイッチに飽きてきたのかも。レパートリーを増やさなきゃ。
「ルビナもクラスの友人と過ごしたいだろう? そうだな……僕とのランチは一日置きにしないか?」
 クラスに友人ができたから食堂で食べたいということだと理解しました。
「ディートがそうしたいのなら、」
「うん。お互いのためにそうしよう。昼休憩中にあった会話に参加できなくて少し肩身の狭い思いをしているんだ」
 最近ディートとの会話では私の返事を待つことなく決められているような気がするけれど、学園で友人ができるということは素晴らしいこと。貴族社会では横のつながりと縦のつながりが将来のためにも大事だから。大人になっても学生時代の話で盛り上がっているとお父様が言っていたもの。

 次の日。ディートとランチは別で摂ることにしたのでどうしようかと思っていたら、クラスでできたばかりの友人に声をかけられた。友人たちも食堂は人が多いから苦手だと言い家で用意してもらったランチ持参でした。私たちのクラスにはランチ持参でのんびりと過ごす生徒が多いのです。
「ルビナさんはいつも婚約者様とランチをしていましたわよね? 本日はよろしいのですか?」
 伯爵令嬢ソフィアさんに声を掛けられました。
「はい。今日は別で過ごすことになっています」
「まぁ! それでしたら、私たちと一緒にいかがですか? 人数が増えるともっと楽しいですわよね?」
 前回ランチをご一緒させてもらったことがあるので今回も……と思っていたので声を掛けられてほっとしました。
「お邪魔でなければ是非ご一緒させてください」
「勿論ですわ!」
「ご一緒しましょう」
 三人はごく自然に私を仲間に入れてくれました。令嬢同士のランチタイムはおしゃべりをしているとあっという間で楽しく過ごすことができました。お友達とこんなに楽しい時間を過ごしたのは初めてだわ。そう思えるほど楽しい時間でした。
「ルビナさん、もし婚約者様とランチをしない時はまた私たちと一緒にランチしませんか?」
 ソフィアさんが提案してくださったのでディートとのランチタイムは一日置きになったと伝えました。そうすると三人はそれなら是非一緒に! と言ってくれて嬉しかったです。学園生活を送るにあたり友人がいると楽しさが増えるのだと知りました。ディートと過ごすことに不満はないけれど友人と過ごす時間はすごく楽しいです。男性からするとくだらない話でも令嬢からすると大事な話もあります。好きな異性のタイプ、流行りのお菓子やドレス、宿題、家族のこと、趣味のこと、何気ない会話が息抜きになり笑顔が絶えない。このクラスで良かったと心から思いました。私は積極的に話しかける勇気がないので、女子だけのクラスはとても落ち着きます。

 そして次の日ディートとランチをすることになりました。一日置きにランチの約束をしていたのだけど、もっとクラスの友人と過ごしたいと言われ一週間の内、学園があるのは五日間だから一週間に一度ランチをすることになりました。これは既に決定事項でした。
 ディートの会話にはパトリシアさんの名前がよく出てくるようになりました。そしていつのまにか“シア”と愛称で呼ぶようになっていました。
 パトリシアさんはブルーが好きだとか、意外とよく食べるとか、剣術が優れているとか、刺繍が苦手だとか、伯爵家の長女で家を継ぐために経営学を選んだとか、妹がいるだとか……。いつのまにかパトリシアさんの好みを把握してしまうほど、ディートの口からパトリシアさんの話を聞くようになっていました。パトリシアさん以外の話ではディートのクラスメイトが16歳になるからとパーティーに招待されたようです。

「プレゼントを買いに行くから街に行かないか?」
「街歩きは久しぶりなので楽しみね。クラスの友人から聞いた新しくできたカフェにも行ってみたいな。お父様に行っていいか聞いてみるね」
 女性やカップルで賑わっているカフェができて、とても人気があるようで話を聞いた時から行きたいと思っていたからディートの誘いは嬉しかった。
「ルビナは本当に甘党だね。女の子は皆そうだと思っていたけれどシアは甘いものが苦手なんだって。珍しいよね」
 パトリシアさんは甘いものが苦手のようです。パトリシアさんの話をする時のディートは相変わらず楽しそうでした。そして迎えた週末。街に行くことになり、両親からも許可を得ました。
当日ディートは私の家に迎えにきました。

「おばさん、帰りもルビナを送り届けるから安心してください」
 ディートがお母様に挨拶をしていました。
「ルビナのことよろしく頼むわね。二人とも夕方には帰ってきなさい。暗くなる前に帰ってこないと今後二人での街歩きは許可しませんよ」
 お母様に返事をして家を出ました。何度か街に行ったことはあるけれどディートと二人で街に行くのは初めてのことでした。街歩きは楽しいけれど危険も伴うからと家族に入学するまでは禁止されていたのです。街に着き男性向けのお店を何軒か見て回っているけれど、これ! というものがまだ見つからず、開店以来評判がいいと言われる新しくできた輸入品を扱っているお店に入りました。財布やネクタイなど取り揃えているものは豊富です。洋服の生地なども扱っているようで、仕立て屋さんの紹介までしてくれるようです。店内はそんなに広くはないけれど、見て回るには十分で小物など品揃えが多くじっくり見ているとあっという間に時間が経ってしまいます。
「うーん。何にしようかなぁ。皆は何をプレゼントするのだろう。教えてくれなかったんだよなぁ」
 店内を物色しながらディートが頭を悩ませていました。
「事前に何をプレゼントするか皆で相談すれば良かったのにね」
「それもそうだけど、プレゼントが被ってしまっても気が合うな! と言って笑い話になるだけだよ」
 今の会話からするとディートはクラスの友人たちと仲良く過ごしているようです。アクセサリーが陳列されているガラスケースを見ている時でした。
「何か気になったものがございましたか? よろしければケース内の商品をご覧になられますか?」
 男性スタッフに声をかけられましたので、ありがとうございます。と返事をしました。
「あら、ディートじゃない」
「シアか! どうした、買い物か?」
二人は偶然会ったようで話しはじめました。どうやらパトリシアさんもパーティーに招待されていてプレゼントを買いに来たようです。話に夢中になるディートとパトリシアさんには私の姿が見えなくなってしまったようで一人ポツンと立っていました。話は盛り上がっているようでチラッと二人を見ると、まるでディートとパトリシアさんがカップルのように見えてくるから不思議です。ディートは幼馴染で私の婚約者だけど、異性としてというか家族のような存在だったから、パトリシアさんと並んでいると一人の男の人に見えるのも不思議です。取り敢えずここは邪魔をしてはいけないと思い、一人で店内を見て回ることにしました。
 男性向けのお店をまじまじと見るのは新鮮です。女性向けのお店はカラフルで心躍るのに、このお店はシックで落ち着いていて、大人になったような感覚になります。
 財布や時計などシンプルで普段使いができそうな物からネクタイや靴、靴下などもあります。
 ネクタイの柄だけでもたくさんの種類があり女性物とは違う柄でそれを見ているだけで目の保養になるし、今後お父様やお兄様のプレゼントにいいかもしれない。と真剣に見ていると、思ったより時間が経っていて、時計を見ると三十分も経過していました! ディートとパトリシアさんはどうしているかと思い店内を探すが姿がありません。
「あれ?」と首を傾げる。流石に店内ではぐれることはないと思うのだけど……?
 店の前に立っている守衛さんに声を掛け、ディートの服装や特徴を言いました。
「その方なら女性を伴い出て行かれましたが……」
気まずそうに答える守衛さん。私はお礼を言い取り敢えず店を出ることにしました。
「……どうしよう。はぐれちゃった」
 ポツリと一人呟きました。お店の前にはベンチがあり木陰になっているので、ここに座り待たせてもらうことにしました。流石に私を忘れて帰ることはないよね? 店の前のベンチでぼんやりと街の風景を眺める。もうすぐ夏なのかしら? 雲が近く感じる。じんわりと額に汗が滲んできます。

一時間、二時間……三時間経った。
「どうしよう。そろそろ帰らなきゃ皆に心配かけてしまうわ」
 最近世の中を騒がせている誘拐事件……貴族の令嬢も攫われることがあるって聞くし……うちは東の地区だからなんとか歩いて帰れる距離だけど……街の騎士団の方に事情を説明して家に連絡を入れて貰って馬車を呼んでもらおうかしら。侍女を連れてくれば良かったなぁ。ディートの家の馬車がどこに停まっているかもわからないし……ディートを探して迷子になっても困るし……夕暮れも近い。悩んでいると、お店の店員さんに声を掛けられました。不審者だと思われたのかもしれない。長い間店の前のベンチを占領していたから。
「お嬢さん、お連れの方はまだお見えにならないのですか?」
 先ほどのお店で接客をしてくれた店員さんだった。すぐに立ち上がり、この場を去ろうとしました。その前に一言……。
「お店の前のベンチを占拠してしまい申し訳ありません。家に帰ろうと思っていたところです」
 店の前のベンチにずっと座っていたので嫌でも目に入ってしまったのでしょう。そう思い頭を下げた。
「失礼ですがお連れの方は?」
「……いつの間にかはぐれてしまったようです」
「……そうですか。お嬢さんの家はどちらでしょうか? 申し遅れましたが、私は決して怪しい者ではありません。この店のオーナーをしているジェイ・ハドソンと申します」
 胸に手を当て自己紹介してくるあたり、貴族なのだろうと思った。名前を名乗られたのだからこちらも名乗らなければ失礼にあたります。
「私はルビナ・ローゼンと申します。家は東の区画にあります」
「ふむ、東の区画ですか。ここから馬車でも二十分はかかります。歩くと一時間以上ですし、お嬢さんの足では帰る頃には暗くなってしまいます。差し支えがなければお送りいたします」
 この店のオーナー様。でも知らない人に付いて行ってはいけないと両親にも屋敷の皆にも口を酸っぱく言われている。気持ちはありがたいのだけれどここはお断りするべきだわ。
「申し訳ありません。知らない人に付いて行ってはいけないと両親に言われていますのでお言葉だけ頂戴しておきます」
有難い申し出だけれど、断ることにしました。知らない人で、しかも大人の男性です。信用してはいけません。

「それはご両親の言う通りです。知らない人に付いて行ってはいけません。しかし私は困っているレディを放っておいていいという教育は受けていないのですよ。しかしレディの言う通り知らない男と二人になる。ということは世間体も良くないことだと思います。私の店の女性スタッフを呼んできますので少々お待ちください」
 オーナー様は女性スタッフを呼んできてくれました。そして馬車も用意してくださり送ってくれました。女性スタッフさんは私を送ったらこの馬車でそのまま帰っていいと言われたそうで、今日は早く帰れるわ。と喜んでいました。迷惑をかけたのに、笑って答えてくれたことで少し緊張がほぐれました。
 家に着くとお母様はどうしてディートと一緒じゃないのかと聞いてきます。
「いつの間にかはぐれてしまいました。はぐれた先のお店の前で待っていたのだけどディートと会うことができませんでした。困っていたところをお店のオーナーのハドソン様という方が馬車を出してくださって帰ってくることができました」
 お母様はすごく怒っていて、暫く外出禁止を言い渡されました。街へ行く際の約束ですから仕方がないと思いました。もしオーナー様が悪い人だったら私は今頃捜索隊のお世話になっていたかもしれませんし、最悪人攫いに……と考えるとゾッとしました。
「申し訳ございませんでした。見知らぬ方に送ってもらうことになってしまいました。お断りはしましたが、オーナー様は帰る術を知らない私に対して親切にも女性スタッフさんを呼んでくださいました」
 お母様にお世話になったお店の特徴とオーナー様のことを伝えると、オーナーであるハドソン様のことをご存知のようだった。
「ハドソン侯爵の三男ね。たしか昨年留学先から帰っていらしてお店をオープンしたのよ。輸入小物が好評だとお茶会で話を聞いたことがあるわ。旦那様が帰ってきたら、今日のことを説明してハドソン様にお礼をしなくてはいけませんね」
 オーナー様には感謝の気持ちしかない。お礼をしなくてはいけませんが、お母様がお父様に任せると言うのなら、お任せしようと思った。子どもの出る幕ではなさそうです。

「それはさておき! ディートよ! なんでルビナを放っていなくなっちゃったの? それに他の令嬢とどこかへいくなんて許せないわ。何が暗くなる前に送り届けますよ! 嘘をつくくらいなら喋れないようにあの口を縫い付けてやろうかしら!」
 お母様は憤慨している。
「ディートにも何か考えがあったのかもしれませんし、無事に家に帰ってこられたので……」
「そういう問題ではありませんし、あなたたちだけの問題ではないのです! うちの大事なルビナの身に何かあってからでは遅いのです! ディートに何か考えがあったかもしれないと言うのならその考えを聞きなさいな!」
 明日はランチの約束がないけれど朝ディートに会ってみよう。ディートは少し抜けたところがあるからついうっかりパトリシアさんと来たと勘違いしたとか? 
 ……って流石にそれはないと信じたい。
 無事に帰ってこられて良かったけれど今頃ディートは何をしているのかしら? 私のこと思い出してくれたかな……連絡来ないな。

 ~ディート視点~
「いいものが購入できて良かったよ。さすがシア、いい店を知っているな」
 ディートは先ほどルビナを置いてきた店とは別の区画にある高級店にいた。
「ここはこの区画でも有名なお店で一流品ばかり置いているの。一人で買うのなら躊躇うけれど二人で購入したからいい物が買えたわね」
 今月の新作の財布を買った。イニシャルを入れてもらうことで特別感が出る。ディートとパトリシアは満足な買い物ができたと喜んでいた。買い物後は話足りないからとカフェに入ることになった。人が多く人気店であることがよくわかる。店内はカップルや令嬢たちで溢れかえっていた。
「ここって今人気ですごく流行っている店だよね? ディート来たことがあるの?」
 ここはルビナが来たいとディートに言っていた店だった。ディートはそれを誰に聞いたのかすっかり忘れていた。ルビナと街歩きのあとはこのカフェで休憩をするという計画だった。ディートとパトリシアは話に夢中になって思っていたよりも時間が経過していたことに気が付く。
 
「そろそろ帰らなきゃ。ディートは馬車? 私もそろそろ家の者を呼ばなきゃ」
 パトリシアの家は南の区画にあるようで、馬車を呼んでもらうと言う。それを聞いたディートは良かれと思いパトリシアに提案する。
「今から呼ぶのか? それならうちの馬車が迎えにくる時間だから送っていくよ」
 ディートの家はルビナと同じく東の区画でルビナの家より奥まった場所にあるパトリシアを送って行くと別ルートになるが少し遠回りするくらいで問題がないと思っているようだ。パトリシアはディートが送ってくれるのならその言葉に甘えようと思った。そのままディートはパトリシアを送って行き、ディートが帰宅すると父は出かけるようでエントランスでバッタリと会った。
「ただいま帰りました」
 父に挨拶をするディート。何か忘れているような気がしないでもない。
「今帰ったのか? 今日の街歩きは楽しかったか? 今度ローゼン子爵家の皆さんをお誘いして晩餐会を開こうと思う。お前たちも今年は16歳になるしお祝いをしよう。久しぶりにルビナ嬢と会うことを楽しみにしているよ」
 父はディートの肩をポンっと軽く叩き家を出て行った。

「晩餐会か──って!」
 急に何かを思い出したようだ。

「……ルビナ!!!!!!」

 それだけを言い、焦った様子で馬車に戻りまた街へと戻る。御者に忘れ物ですか? と聞かれたがまさかルビナを忘れた。とは言えない! なぜ誰も言ってくれなかった!!
「急いでくれ!」
 街は貴族街であり騎士たちが大勢いるため、大通りに面していると安心安全だ。それを踏まえた上でルビナの両親も二人での街歩きを認めたのだ。御者に急ぐようにと伝え、ルビナを置いて行った店の前に馬車を横付けし乱暴に扉を開けた。
 “カランコロン”と心地のいい音がして扉が開いた。そこでルビナといた時に接客をしてくれた店員を見た。はぁはぁと息を整え声をかける。
「すみませんが、ロングのシルバーヘアーでグリーンの瞳で、薄い緑色のワンピースを着た女の子を知りませんか? 16歳くらいの女の子ですけどっ」
 するとハドソンが言った。
「あぁ。そちらのレディでしたら、長い間お連れの方をお待ちでしたが、暗くなってきましたのでうちの女性スタッフが家までお送りいたしましたよ。お知り合いですか?」
 ハドソンはにこりと貼り付けたような笑顔を作りディートを見るが、瞳の奥は笑ってない。腹の底はムカムカとしていた。一緒に来た女の子を放って別の女といなくなった最低男という認識なのだ。ルビナは少し話をしただけでも純粋な子だということがわかり、置いていかれても相手を怒るどころか迎えにくるのを信じて待つようないじらしい子だった。
「はぁ? 僕に相談なしに勝手に帰ったのか! まったく……どういう教育を受けたらそんな自分勝手な真似ができるのか……帰るのならせめて伝言をするべきだと思いませんか? どんな気持ちで僕が迎えにきたのかわかってないんだな」
 同意を求めるディートに、ハドソンは笑顔を崩さずに言った。
「お客様がお帰りです。またのお越しをお待ちしております」
 ハドソンはディートを出口まで誘導し、頭を下げた。

「塩を撒いておいてください」
「はい」
 スタッフに声を掛けた。ルビナが外でディートを待っていたことを知っている守衛だった。
「あのお嬢さんが気の毒だな」
 ポツリと誰にも聞かれぬようにハドソンは独りごちる。