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異世界から帰還したら地球もかなりファンタジーでした。あと、負けヒロインどもこっち見んな。
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異世界から帰還したら地球もかなりファンタジーでした。あと、負けヒロインどもこっち見んな。

著者:飯田栄静 イラスト:桑島黎音

【プロローグ】幼馴染みって呪いじゃね?

 ――幼馴染みって呪いだと思う。

 だってそうだろう?
 なんでも「幼馴染みだから」で許されるんだ。
 これほど恐ろしい呪いは他にないんじゃないかな?
 仮にあるとしても、「お兄ちゃんだから」「お姉ちゃんだから」も似ているけど、でも、家族じゃん。
 人によって違うんだろうけど、俺には許容範囲だ。
 だけど、幼馴染みは容認できない。赤の他人じゃん。
 たいして仲良くないのに、幼い頃に知り合っただけで幼馴染み認定されるとか、もう呪いの中の呪いだよ。
 一度装備したら外せません的な感じ?
 めっちゃ嫌じゃん?
 で、だ。なんで、俺がこんなことを語っているかというと、俺にも幼馴染みがいるんだ。
 幼稚園でたまたま隣の席だった。家も近所だった。母親同士が意気投合したら、もう幼馴染みとしての関係は決まったようなものさ。
 幼馴染みの名前は、三原優斗(みはらゆうと)。
 こいつと出会ってから、よくまあいろいろなものが奪われる。
 物はいい。些細な物だったから。
 しかし、義理の妹や、優しくしてくれた近所のお姉さん、幼馴染みがこいつと出会いおかしくなった。ぶっちゃけ、あまり気にはしていない。さほど仲良くなる前におかしくなっちゃったから。奪われるというのはちょっと違うかもしれない。
 でもさ、俺だけじゃないんだ。誰かの好きな人を、幼馴染みを、姉を、妹を、狂わしていく。
 そしてなぜか巡り巡って俺が悪いとなるんだよ。
 優斗の管理をしていない「幼馴染みのお前のせいだ」ってね。
 ふ・ざ・け・ん・な!
 俺はあいつのお守(も)りじゃない。
 幼馴染みではあるかもしれないが、そもそも友達ですらないんだ。
 優斗のせいで、小学生高学年になって恋愛感情が絡み出した頃から人間関係は最悪だった。
 不幸中の幸いというべきか、中学生になると俺が苦労していることをわかってくれる人は増え、男子の被害者も増したので、友人はたくさんいる。
 優斗は、男友達こそいないが、女友達が馬鹿みたいにいるのでいつだってご機嫌だ。
 俺たちにできることといえば、早く優斗と離れたいと願うことだけ。
 そんな日々が続く。そう、続くはずだった。

「僕さ、この子と付き合うことになったんだ!」

「はあ?」
 中学三年生に上がった春。
 始業式を終えて、帰路に就こうとして校門から出たところで、ニコニコ顔の優斗が隣のクラスの女子と腕を組んで待ち構えていた。
「一応さ、夏樹(なつき)には報告しておかなきゃって」
「え? なんで?」
「なんでって、夏樹はこの子のこと気になるって言っていただろう? だから、礼儀として報告しないと、と思ったんだ」
 気になるって、別に好きとかじゃないんだけどな――と、言おうとしてやめた。
 もうこいつの中では、俺が――優斗と腕を組み「由良(ゆら)くん、ごめんねぇ」と気持ちの悪い笑みを浮かべて、モテる女だと勘違いしている女子を好きで、自分が奪ってしまったと思い込んでいるのだ。
 説明するだけ時間の無駄だし、何よりも、生徒や生徒指導の先生の見守る中でそんなことを言われて公開処刑のようになっている現状から逃げ出したい気持ちの方が上だった。
「あ、お幸せに。でも、びっくりしたよ。今まで、仲の良い子を増やしても彼女にはしなかったのに」
「この子が運命の子だったから、かな」
「もう! 優斗くんったらぁ!」
 一生やってろ!
 そんなことよりも、哀れみの目を向けてくる生徒諸君から逃げたい。
 違うんだ、俺は振られていないんだ。そもそもこんな名前も知らない女なんて好きでもなんでもない。
 気になるのは、違和感を覚えただけだったのに、ちくしょう!
「じゃ、じゃあ、俺はもう帰るから」
「ああ、また明日な! 夏樹も早く彼女作れよ!」
「今度、友達紹介してあげるねぇ」
 うるせえブス! と叫びたくなる衝動を抑え、俺は走り出した。
 きっとみんなには、俺が公衆の面前で振られて泣いているんだと思われているかもしれない。
 そうじゃない。俺は、あんな馬鹿に関わりたくないだけなんだ。
 早く家に帰りたい!
 今日、家に帰れば、貯めていたお小遣いとお年玉で買った、スニーカーと、服が一式届くんだ。
 ずっと楽しみにしていたんだ!
 女ったらしの幼馴染みなんてどうでもいい!
 俺は、憐れみの視線を向ける生徒たちの横を走り抜け、通学路の角を曲がると、強い光に包まれた。

 ――聞いてくれ。俺は、この日、勇者として異世界に召喚されたんだ。

 ――ついてないだろ?
 ――くそったれ。

第一章 現代日本って最高じゃね?

「僕さ、この子と付き合うことになったんだ!」
「――は?」
 由良夏樹(ゆらなつき)の目の前に、散々見てきた幼馴染みの顔が飛び込んできた。
「え、ちょ、ま。あれ? 俺、戻ってきたの!?」
 周囲を見渡すと、携帯を片手に歩く中高生やスーツを着た大人の姿。道路を走る車。見慣れたはずの日常だった。
「夏樹? 何を言っているの?」
 こちらを窺う幼馴染み、三原優斗(みはらゆうと)。
 夏樹よりも背が高く、さらさらした亜麻色の髪を耳より下で切り揃えた清潔感のある少年だった。まだ中学三年生ながら大人びた雰囲気を持っている。
 散々忌々(いまいま)しく思っていたが、『数年ぶり』に顔を見ると懐かしさが込み上げてきた。
「元気だったか? いやぁ、本当に懐かしいな! 相変わらずモテモテのようで何よりだ! じゃあ、俺は用事があるから! じゃあね!」
「ちょっと! 夏樹!?」
 幼馴染みの声を無視して、我慢できず走り去る。
 スニーカーがアスファルトを踏む感触、同い年の男女が他愛無くはしゃぐ声、なんでも売っているコンビニや、幼い頃からあるスーパー。近所のおばちゃんが経営している飲食店、ちょっとおしゃれな喫茶店、そのすべてが『懐かしい』。
 夏樹はようやく『帰ってこられた』のだと確信した。
 あの日、『向こう側に呼ばれた』日に戻ったのだと理解した。
「――俺は、帰ってきたぞっ!」
 急に叫んだ夏樹に驚いた視線が集まるが、そんなこと知ったことではない。
(六年ぶりの、日本だ! 地球だ! 俺の世界だ!)
 感極まって泣きそうだ。
 ようやく、ようやく戻ってこれたのだ。
(あのくそったれな異世界から、俺は、俺は――)

「帰ってきたんだぁああああああああああああああああああああああああああ!」

 体感では六年前。
 こちらの世界では、ほんの少し前のこと。
 ――由良夏樹は異世界に勇者として召喚された。
 異世界で、人間と魔族との戦いに巻き込まれ、元の世界に戻るには魔王を倒すしかないというテンプレートなことを言われて必死に戦った。
 魔族を世界から駆逐しようとしながら同胞さえも蹴落とす人間側に付き、同胞のために一致団結して世界に住む権利を行使しようとする魔族と戦った。
 いいように利用され、おぞましい戦いに身を置き、死にたくないと願い、戦った。
 モンスターを殺し、魔族を殺し、人間を殺し、精霊も、獣も、神さえも殺してようやく地球に帰ってきたのだ。
「はははははははっ、ざまーみろ! ばーかばーか! 俺を好きなだけ利用しやがって、そんなに殺し合いがしたいなら、死ぬまでやってろ! 俺は一抜けた!」
 もう二度と会うことのない異世界の人間を思い浮かべて、夏樹は叫び続けた。
 まさか帰還したときに、こちらの時間が進んでいないことには驚いたが、逆にありがたい。
 行方不明扱いされたり、死んだことになったりしていないのはいいことだ。
 家族を悲しませていないのも安心だ。
 何よりも、あんな世界で十代の貴重な時間を消費したことにならなかったのが、嬉しくて涙が出そうだ。
 この肉体は、異世界で成長したかつての肉体ではない。
 中学三年生の、一四歳の細い肉体だ。
 背丈も平均で、別に顔も整っていない。足だって特別長くないし、一般家庭の生まれだ。
 しかし、その普通が死ぬほど愛おしい。
「今日の晩御飯なんだったっけ? 覚えてないや。そうだ、今日、通販が届くんだ。ずっと欲しかったスニーカーと服を、進級祝いだからって貯めていたお小遣いを全部使ったんだった! ああ、早く帰りたい。お母さんのご飯が食べたい。自分のベッドで眠りたい!」
 息を切らせて走る。
 異世界では全力で長距離を走っても平気だった肉体から、元の身体に戻っていることを実感する。
 もう特別な肉体ではないため、ちょっと走っただけで息苦しい。
 久しぶりに、自転車に乗りたい。暴れ馬の馬車など二度とごめんだ。
 視界に入る全てが懐かしい通学路を走り抜け、赤い屋根の二階建ての一戸建ての家を見つける。
 ――懐かしの我が家だ。
 
「ただいま! 今日の晩御飯なんだっけ!?」
「あら、早かったわね」
 台所には、いつも通り夕食の支度をしている母がいた。
「あ、うん」
 ずっと会いたかった家族に会えて、涙が一筋頬を伝う。
 母に気付かれてはならないと制服の袖で拭っていると、いい匂いがする。
「カレーだ!」
「今日はカレーよ。今朝言ったじゃない? どうしたの? 随分テンションが高いわねぇ」
「あははははは、別にいつも通りさ!」
「そう? あ、そうそう! 荷物届いているわよ! 随分と買ったのね。部屋に置いてあるから。
ゴミが出たらちゃんと片してね」
「うん!」
 このまま母の声を聞いていたら涙が溢れてしまう。
 気を落ち着かせるためにも、一度部屋に戻ろうと決め、背を向ける。
 台所を出て階段を上がろうとした夏樹に、母が声をかけた。
「――おかえりなさい」
「うん。ただいま」
 今までにないくらい、帰って来た実感が湧いた。
 階段を駆けて部屋に戻ると、見慣れたはずなのに酷く懐かしい光景が広がる。
 床には段ボールが置かれ、コミックが溢れるほど入っている本棚、宿題以外したことのない机、安物のハンガーラックにはジャージやスウェットパンツ、パーカー、Tシャツが掛かっている。
 込み上げてくる感情を抑えて、夏樹はベッドに飛び込んだ。
 ベッドのスプリングが軋む音を立てて夏樹の身体を受け止めた。マットレスの弾力と、羽毛布団の柔らかな感触が夏樹を包む。きっと母が日中布団を干してくれてあったのだろう、お日様の匂いがした。
「……たまんねぇ。たまんねえよ、ベッドちゃん。何この最高の寝心地。異世界だと王様でさえただの板の上に寝てたんだよ? 布団とか、こんな柔らかくなかったよ!」
 異世界の生活は『辛い』の一言だった。
 寝具の寝心地はもちろん、衛生面も最低だった。
 異世界ファンタジーと聞くと、中世ヨーロッパのような世界に、魔法や聖霊の恩恵を受けて現代日本と変わらないような生活を送れる、なんてことを夏樹も考えていた。
 実際に異世界に召喚されると、創作はあくまでも創作だと思い知らされた。
 中世ヨーロッパの暮らしに、モンスターという危険と、貴族という特権階級を持ちやりたい放題の人間、冒険者という名の荒くれ者が足された最悪の世界だった。
「このまま眠りたいけど、カレーも楽しみだから我慢だ。ということで、待ちに待った通販を開封しようじゃない」
 ベッドから起き上がり、いそいそと段ボールからテープを剥がして開封していく。
 中から出てきたのは、ずっと欲しかったバッシュと、スウェットジョガーパンツ、そしてTシャツとパーカーだ。
「異世界にはスニーカーもスウェットも無かったから、この手触り、匂い、すべてが最高だよ!」
 異世界で剣と魔法の殺伐とした日々を送っていた頃、衣服はよくわからないモンスターの皮を鞣(なめ)したものや、よくわからないモンスターが吐き出した糸を加工したものだった。足元は鉄板とやっぱりよくわからないモンスターの皮で作られたブーツが主流だった。
 中には、革製のサンダルを愛用していた者もいた。
 一応は、勇者ということでそれなりに良い物を身につけさせてもらっていたが、現代日本で生活していた夏樹にとって異世界の衣服は着心地最悪だった。
「スニーカーと服は明日にして、制服も着心地がいいんだけど、着替えよっと」
 今までは特に気にすることなく着ていた制服も、今ではとても心地がいい。
 部屋着のジャージに着替えたら、開放感が半端なかった。
「……ジャージ最高だろ」
 思えば、異世界に柔らかいものはぶちまけた内臓くらいしか無かった気がする。
「さてと、一回冷静になろう。俺が異世界に勇者として召喚されて、魔王との戦いを強制されたけどなんとか魔王をぶっ飛ばして日本に戻ってこられたところまではよし。でも、なんで召喚された直前に戻れたんだろう? 嬉しいけど、さっぱり意味がわからん」
 肉体と年齢は当時のままだ。
 精神も、異世界でささくれていたとは思えないほど健やかになっている。
「全部元に戻ったって感じかな? あれ? じゃあ、売るほどあった魔力は?」
 気になって、異世界でしていたように魔力を解放しようとして――問題なくできてしまった。
「ちょっとちょっとちょっと、魔力あるじゃん! これ異世界から帰還した勇者が地球で無双しちゃう感じじゃない?」
 指に火を灯そうとすると、簡単にできた。
「明日から学校に行こうと思ったけど、休んでいろいろ試してみよう」
 学校も懐かしいのだが、この世界で魔法がどれだけ使えるのか好奇心が優(まさ)った。
「夏樹! ご飯できたわよー!」
「はーい!」
 母に呼ばれて思考は魔法からカレーに切り替わった。
 異世界で六年の間、飲食をしていなかった夏樹にとって体感では六年ぶりの食事だ。
 しかも、母のカレーだ。よだれが止まらない。 
 軽やかな足取りで部屋を出た夏樹は、母特製カレーを堪能するのだった。

 ――だが、まさか、魔力を放出したことで、隠れていたファンタジーな存在に自分の存在を知られてしまったとは思いもしなかった。
 ――というか、この世界にファンタジーがあることを、まだ知らなかった。

 ――S県向島(むこうじま)市某所。

「――っ、なんという魔力。悪魔……いいえ魔族でもこれほどの力を放出する者が今まで人間界に来たことがあったでしょうか」
 首都東京から離れた地方都市に、 古(いにしえ) の時代から人々を陰ながら守護する者たちがいた。
 水を操ることに特化した霊能力者を代々輩出してきた名門『水無月家(みなづきけ)』三三代目当主水無月茅(かや)は自宅の一室で正座し目を閉じて瞑想をしていたが、類をみない魔力の放出に気付き大きく目を見開いた。
 向島市の中心部から、強い衝撃波のような魔力が届いてきたのだ。それも、一定以上の力を持たない者には感じ取ることができない上位の力だった。
 茅は水無月家の当主として力がある。あるゆえに感じ取ってしまった。
「誰か」
「 柊(ひいらぎ) がここに」
 茅が声をかけると、障子が静かに開けられ、縁側に膝をつく三〇歳ほどの女性がいた。
 伸ばした黒髪をポニーテールにし、前髪は垂らし、顔の半分を覆っている。髪の下には黒い眼帯をつけた、黒いスーツの女性だった。
「柊。今の魔力を感じましたか?」
「はい。身震いするほどの恐ろしい魔力でした」
「あれほどの魔力を発することができるのは、上級以上の魔族でしょう」
「……お言葉ですが、程度の低い悪魔などはともかく、魔族ほどになるとおいそれと魔界から出ることができないはずです」
「わかっています。それでも、今まで多くの魔族が人間界にやってきました。ですが、我々霊能力者で対応できた。……しかし、今の魔力の持ち主には勝てるかどうか以前の問題です」
 冷や汗を流す茅に、柊は無言で応える。反論できなかったのだ。
 水無月家をはじめ、霊能力者たちが人知れず人間を守っている。
何から人間を守るのか――それは、悪霊や妖怪、悪魔、魔族といった人外の存在からだ。
 霊能力者が敗北するということは、人間たちに人外からの危害が届く危険性があるということ。本来なら、霊能力者の名家である水無月家の当主が弱音など吐いてはいけない。いや、許されない。
 だが、茅は弱音を吐いた。つまり、それほど規格外の相手がこの向島市にいるとわかっているのだ。
「極力犠牲は出さないように。ですが、必ず魔力の元を見つけなさい」
「かしこまりました」
 女性――柊が消えるように下がった。
 ふう、と茅が大きくため息をつく。
 間違いなく、この向島市に人間では太刀打ちできない何かがいる。
「……最悪の場合は、神にご助力願わなければならないかもしれませんね」

 ――適当に魔力を放出した由良夏樹の知らないところで、事は動き出した。