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忠誠心がないと言われたので婚約を解消してあげました。2
著者:さこの イラスト:ウラシマ
第一章 ジェイ様のおうち
「わぁ……」
ここは白亜のお城? 上品で外国風? 門をくぐって馬車を降り建物全体を見上げました。言葉がうまく出てきませんでした。ここはどこかというと……。
「レオナルドがルビナ嬢を勝手に招待したと聞いて驚きました……。どうぞこちらへ」
デュランド伯爵家に到着すると、申し訳なさそうにジェイ様が出迎えてくれました。
「お邪魔します。良かったらこれを。母が持たせてくれました」
お母様の実家で作っているワインとチーズです。ここ何年かで一番できがいいワインだと聞きました。
「レオがいるから気をつかって下さったのでしょう。申し訳ないことをしました。あとで子爵家にはレオからお礼を届けさせます」
「いえ。これはいつもお世話になっている気持ちだと言っていましたので、お気になさらずに」
ジェイ様に挨拶をしていたらレオ様が現れました。
「ルビナちゃんようこそ。ここには初めて来たのか?」
「レオ様。こんにちは。お言葉に甘えてお邪魔いたしました」
スカートの裾を持ちました。
「かたい挨拶は抜きにしよう。ジェイの友人として気軽に接してほしい」
……無理です。と言いたいところでしたが、なんとか微笑みました。うまく笑顔を作れているでしょうか。
「ルビナちゃんが来るからジェイが張り切ってお茶の準備をしていた、ぐえっ。痛いなっ」
ジェイ様がレオ様の脇腹を小突いていました。
「余計なことを……。でもあながち間違いではないのです……。庭を見渡せるサロンがあるのでご案内しますね」
「ジェイ、ちゃんとエスコートができるんだな」
「外野がうるさいですがお気になさらずに。さぁ、どうぞ」
ジェイ様とレオ様は本当に仲がいいようです。タイルが埋め込んである廊下が可愛らしいです。
「変わった様式ですね。ジェイ様はこのお城が気に入ったと言っておりましたね」
「覚えていてくださったのですね。広さはさほどありませんが、とても気に入っています」
うちの王都の邸より大きいですよ? これで広くないとなると、ご実家は一体どれほどの大きさなのでしょうか……。想像がつきません。
「ちょうどいい大きさだよな。眺めもいいし」
これはお金持ちの会話ですよね。元王子に侯爵令息です……。
「どうかしましたか? こちらにどうぞ」
「あ、ハイ」
……一面ガラス張り! 大きなガラスが贅沢に使用されています!
「すごいですよね。当時の最先端だと思います。最近はサロンがガラス張りというのは珍しくありませんが、この城の持ち主だったデュランド元伯爵はとても進んだ考えをお持ちだったと思います。建物建設に造詣が深い方と聞いています」
「ステンドグラスがはめ込んであるエントランスも見事だよなぁ」
ステンドグラスは教会でしか見たことありませんでしたが、白壁に当たると幻想的でずっと眺めていたくなるほどです。そしてお庭に目がいきました。
「お庭にはハーブが多いようですね」
私も馴染みがあるハーブのほかにも、植物図鑑でしか見たことのない珍しいハーブもあるようです。
「シェフが庭のハーブを使って料理やお茶を作っています。今日は少し風があるので閉めてありますが、春先はとても過ごしやすいので、よろしければまたお越しください」
「ハイ」
「また約束ができました。さて、お茶が冷めてしまいますね。こちらへどうぞ」
ジェイ様のペースです。レオ様は笑顔でその様子を見ていました。なんとなく恥ずかしくなりおとなしく席に着きお茶を楽しみました。
変わったお茶だけど美味しい。聞くとレオ様がお土産に持ってきたお茶だと聞きました。これはロイヤルなお茶なのかもしれません。味わいましょう。
レオ様が私をジェイ様の屋敷に招待した理由を聞くと、ジェイ様との学生時代の話を聞かせてくれるようで、懐かしそうに話をしてくれました。
「ジェイは細いからな、よく仲間にいじられていたよ。でも本人はまったく気にしてなくて、この国に来て驚いた。ジェイは鍛えているほうだって。子息たちを見るとうちの国じゃ虚弱体質だ」
え? そんなに?
「それは言いすぎだ。私より細い奴はゴロゴロいただろ」
そうですよね。ジェイ様で虚弱体質? ならばこの国の大半は骨と皮ですよね(言いすぎ)
「俺らの中では一番細かったからモテなかったけれど、ほかのグループだったらモテていたのかもな。侯爵子息だし?」
はっはっは……。と豪快に笑うレオ様。
「ないだろうな。ゴリラが人気なんだぞ」
ふふっ。ゴリラだなんて……。言いすぎですよね。楽しい会話は続きます。
「ルビナちゃん、こいつは夕方の訓練をサボって、劇団員や職人と話をしに行くような変わった奴だったよ」
「朝と昼の訓練は付き合っていただろう。一日中訓練なんて脳みそも筋肉になってしまう」
ジェイ様はレオ様と話をしているときは砕けた話し方になるので新鮮ですね。お二人の楽しい話を聞いていたら何やら扉の外が騒がしいようです。
「ん? ちょっと失礼。なにやら騒がしいようなので確認してきます」
ジェイ様が立ち上がり扉を開ける。
「ジェイ! レオナルド殿下に何かあったのか!?」
「父上? レオはそこで菓子を食べていますが?」
え? 父上? ということはハドソン侯爵閣下? すぐに立ち上がり礼をしました。
「おや? お客様がいらしたのか? これは失礼」
「ハドソン侯爵、呼び出して悪かったな。そちらの令嬢はローゼン子爵令嬢ですよ」
レオ様が侯爵様に紹介をしてくれました。
「申し遅れました。初めてお目にかかります。ローゼン子爵が娘ルビナと申します」
な、なんで……こうなったの? 戸惑いと緊張で頭が真っ白です。
「かしこまらなくていい、私はジェイの父です。先日ローゼン子爵と話をしていたんだよ。急に邪魔して悪かったね。レオナルド殿下どういうことですか?」
何かあっては国の威信に関わることですよね? 侯爵様が呼び出されるのですから。
「あぁ。ルビナちゃんと会って話ができたから近いうちに国へ帰るよ。だから侯爵に挨拶をしようと思って。ジェイには世話になったし気兼ねなく過ごせたから、これを渡しておくよ」
何かの書類を侯爵様に渡しました。仕事の話のようです。
「ありがとうございます。ぜひこの内容で進めていきたいと思います」
「うん。末長くよろしく頼む。俺の結婚式にはルビナちゃんも招待しようと思っているんだ」
……え? 私が結婚式に? レオ様の?
「え? 私ですか?」
「うん。突然で悪いけれど来月だ。もうルビナちゃんは俺の友達だから、ジェイと来てよ」
「……あの、ロイヤルファミリーが集まるような結婚式に私の身分では失礼にあたるのでお言葉だけいただきます」
元王子ということはロイヤルファミリーの出席は間違いないです。恐れ多すぎます。
「俺の相手は伯爵家の令嬢であっちの親戚は子爵家も男爵家もいるぞ? それに俺は側室の子だから城でパーティーもしないし、王族を抜けて気楽になった身分だ。式には陛下や母は来るがそのあとは自由にしていいと言われていて気軽なパーティーをする。ジェイが一人寂しく参加するのはかわいそうだから、一緒に来てやってよ」
気軽なパーティーと言われましても、想像がつきません。
「私の一存では決められませんので、一度家に持ち帰りたいと存じます」
勝手に決められる問題ではありません。外出するときは両親に許可を取らないといけませんし、他国ですから断るかたちになると思います。
「わかった。私が子爵を説得しよう! ルビナ嬢安心したまえ!」
……侯爵様まで出てきたら、うちの立場では断れないのではないでしょうか?
「父上、ルビナ嬢の気持ちを聞いてからにしてください。父上まで出てきたら断れないじゃないですか」
……ハイ無理ですね。
「船に乗って一日だから近いさ。招待状渡しておくよ。うちの国にはゴリラのように屈強な奴がたくさんいるから動物園に迷い込んだ気分になれるぞ!」
……動物園。
「レオナルド! 勝手に話を進めるな!」
「おぉ。こわっ!」
ジェイ様は怒るとレオ様をレオナルドと呼ぶそうです。
その後、侯爵様とお話をしたけれど、何を話したか覚えていません。
目まぐるしい一日でした。
「ルビナ、何があってこうなったか説明してくれるか?」
お兄様とお母様に呼ばれてしまいました。
簡単に説明すると、ジェイ様のお友達のレオナルド様と私もお友達になって結婚式に呼ばれた。レオナルド様は身分が高い方だから断ろうとしたら侯爵様が出てきて断れなくなった。
「簡単に説明しすぎだろ! レオナルド殿下の挙式となると陛下も参列されるだろう。そんな席にうちのような家門が?」
「身分は関係ないようですけど……。レオ様のお相手の方は伯爵令嬢で親戚は子爵家や男爵家もいるそうですし、学園時代の友人は貴族ではない方もいるとか言っていました……。私の一存ではお答えできませんとお答えしたのです」
あ……泣きそうです。グスッ。
「……ルビナ、悪い。怒っているわけではないんだ。ただあの国へ行くには数日かかるだろう?」
……数日? レオ様の説明とは違います。首をかしげる。
「家を出て港町で一泊、船内で一泊、道中で一泊若しくは二泊、天候によってはもっとかかるかもしれない。気候はいいから大丈夫だと思うがそんなに長い間、伯爵と旅するというのが心配なんだ……」
「え。レオ様はそんなこと言っていませんでした。近いものだとばかり……」
「途中の行程が抜けているんじゃないのか? ドレスや小物も新調しなくてはならないし学園は長期休暇に入るから問題ないとして」
「すみません……。知識不足でした」
しゅんと肩を落とすとお母様が言いました。
「ルビナ、そこまで言われたのなら行くしかないわ。リリにも行ってもらいますから、楽しんできなさい」
「お母様、すみません」
お父様にはお母様から連絡をするようで、ジェイ様には行きます。と手紙を書いたし、レオ様にも招待を受けます。と返事をしました。
するとジェイ様から“いつでもいいので学園が終わりましたら、私の店に来てください”と手紙が届き“それでは二日後に”と返事をしました。指定した日は学園が早く終わるからでした。
そして学園の帰りに制服のままジェイ様のお店に行きました。
「こんにちは」
「こんにちは。急にお呼びたてをしてすみませんでした。時間がなかったものですからお許しください」
……今日じゃない方が良かったのかな?
「日を改めましょうか?」
「いえ! そうではなく来月までにドレスを仕上げないと……。今日はデザイナーを呼んでいますので、採寸をしてもらいます」
ジェイ様がなぜドレスの心配を?
「ドレスは家で用意しようと思います」
お兄様が新しいドレスを作っていいって言ってくれましたもの。
「そういうわけにはいきません。パートナーとして参加してくださるのですから私が用意します。夫人にも手紙を送りましたから、遠慮なさらずにどうぞこちらへ」
店の奥に連れて行かれました。こんなところにも部屋があるのですね。デザイナーさんたちが準備をしていました。
「まずは採寸からはじめましょう。それからデザインを決め、生地を選びましょう。男性は出て行ってください」
ジェイ様は追い出されるように部屋を出て行きパタンっと扉が閉まる音がした。
「さぁ制服をお脱ぎくださいな」
……気が付くと制服を脱がされて体のあちこちを採寸されました。それはあっという間の出来事で、制服に着替えた頃、ジェイ様が戻ってきてお茶を飲みながらデザインを考えることになりました。国によってNG項目があるようなので詳しいジェイ様の話を聞くことにしました。
「ドレスの一部分にイエローを使ってください。おめでたいことには国花に指定されている黄色い花を飾る習慣があって、イエローはこうした席でよく使われる色です」
ジェイ様もチーフやタイをイエローにして、スーツの色はシルバーを選びました。それなら私のドレスの色もシルバーにしたらどうかとデザイナーさんが言ってシルバーに決定。デザインはお任せになりました。というのも三点ほど書いて見せてくれて、どれも素敵で私には決められませんでした。
「それでは急いで作りますので一週間後に仮縫いのサイズ確認をさせてください」
ジェイ様とデザイナーさんの話し合いでドレスは決まったみたいです。それにしても一週間後? 仕事が早いですね。
「明日から長期休暇ですね。ルビナさん楽しんできてくださいね!」
長期休暇の話になったのでソフィアさんたちにはジェイ様と結婚式に参列すると伝えました。
「はい。初めて国外に出るので緊張しています」
「帰って来たらお話を聞かせてくださいね。ご家族公認の旅行ですものね」
「旅行? ではありませんが、お土産を買ってきますね。キャンディが有名なお店があるそうです」
「きゃぁっ、甘ーいお話聞かせてくださいね」
きゃっ、きゃっ。と盛り上がるソフィア様たち。甘ーいお話? ってキャンディ……?
ドレスは仕上がったし、荷造りはリリが張り切っていたし、もう用意することはありません。家に帰ってきたらお父様が領地から戻っていました。最近は行ったり来たり大変そうです。
「お父様おかえりなさいませ」
「ルビナもおかえり。私はまた領地へ戻るつもりだが、一度ルビナの顔を見てからと思ってな。ジェイ殿とさっき会って話をしてきた、気をつけて行くんだぞ。足りないものはないか?」
お父様はお忙しいのに心配をかけてしまいました。
「はい。リリが準備してくれましたし、足りないものがあれば途中で購入しようと思います」
初めて領地以外への遠出なのでリリが張り切って準備してくれました。
「ジェイ殿の言うことをちゃんと聞いて危ないところへは行ってはいけない、一人になってはダメだ。小遣いは足りるか? 多めに持って行って損はないぞ」
他国で恥を晒すわけにはいけませんものね。迷子になっても困りますし。お小遣い? という金額ではないお金をお父様から渡されました。リリに預かってもらいましょう。
「はい。無事に帰ってきます」
「何があっても私はもう驚かないからな。ルビナは楽しんできなさい」
「? はい。ありがとうございます」
最近ジェイ様の生活は変わってきていました。正式にデュランド伯爵を受け継ぐことになってジェイ様はハドソン卿と呼ばれることはなくなったのです。私の家族もいつの間にかジェイ様を名前で呼んでいました。
~ルビナ父視点~
レオナルド殿下にハドソン侯爵閣下が出てこられてはうちから断るなんてできない……。ハドソン侯爵閣下に至っては。
「これも何かの縁です。酒でも飲みましょう」
などと誘われルークも呼ばれてしまった。植物園の記念セレモニーから何かとバタバタしはじめた。ルビナは自分の気持ちに気が付いているのかわからないが、ジェイ殿と出かけることを躊躇していないし、楽しそうにしているようだ。
「婚約をするならしてくれ……」
胃に穴が空きそうだ。のんびりしていたらほかの令嬢に取られてしまうぞ……。
領地がないとはいえ、実業家で侯爵家がバックに付いていて他国にも伝手がある。植物園を開放して市民にも人気のジェイ殿だ。
「婚約まではいかないかもしれないけれど、いくらルビナでもジェイ様を好きになっていることに嫌でも気が付くでしょう。デートに行ったときもいい感じだったらしいですよ」
妻はお茶を飲みながら言った。
「呑気に茶なんて飲んで、ルビナが心配じゃないのか?」
「ルビナの気持ちに任せると決めたのだから、私たちが何を言っても仕方がないでしょう?」
「……そうだが、こういうときに男親ってどうすればいいのかわからないものだな」
「娘を信じて、ドンっと構えておけばいいのですわ」
……ルビナのことは信用している。我が娘ながら真面目で可愛く謙虚で努力家で最近は明るくなった。元々暗い性格ではないがおとなしすぎるところがあった。相手に不足はないのだがちょっとは何か(悪いところ)ないのか……? ないんだよな。反対する理由がない。
そしてとうとう旅立つ日が来てしまった。
「お父様、お母様、お兄様。行ってきます」
順番にルビナの頬にキスをして別れを告げた。二十日ほどで帰ってくる予定。
「ローゼン子爵家のみなさん、ルビナ嬢は私にお任せください。しっかりお守りいたします」
「ジェイ殿、頼みますよ。ルビナ、ジェイ殿の言うことをしっかり聞いて迷子にならないように。リリも頼むぞ」
リリには特別手当を出すから、旅行中の様子を教えてくれ。と頼んである。ルビナに限って
そんなことはあり得ないが何かあったら頼むぞ! と言うと
「お任せください! ルビナ様の貞操は私がお守りします!」と返ってきた。
それはない。ジェイ殿もこの旅行でルビナに手を出すことはないと言い切れる……。そんな風に思えるほど信頼してしまっている。粗探しをするのがバカバカしく思えるほどに。
「はい。ジェイ様とはぐれないようにします。国外で迷子になったら迷惑がかかりますもの」
そう言ってルビナは出掛けて行った。あんなドレスを持っていたか? え? 新調した? それはいいが趣味が変わったか? え? 生地をジェイ殿にプレゼントされた? そ、そうか……似合っていた。デザイナーが変わった? そうなのか。センスがいいんだな。お前もドレスを
作った? あぁ、いいんじゃないか! 新しいドレスが欲しいと言っていたからな……え? ジェイ殿に紹介されたデザイナーだったのか。いろいろ考えるのが面倒になってきた。金があって顔が広くて何よりだ……。あれは貢ぐタイプだな。
「わぁ。鳥があんなにたくさん……」
「近寄ってはダメですよ。感染症を持っているかもしれませんので眺めるだけにしてくださいね」
船に乗るために港へと来ました。昨日の夕方に港町に着いてホテルで一泊して、今から船に乗ります!
「はい。見ているだけで十分です。たくさんいすぎて少し怖いですね」
必死に魚をつつく鳥たちがあんなに凶暴に見えるとは思いませんでした。それに大きな鳥もいて近寄ると突かれそうです。足が長くて嘴もするどくて大きい……。うわぁ、怖いかも。
「鳥も生きていかなくてはいけませんから必死でしょうね。そろそろ船内に移動しましょうか。揺れますので私の腕に掴まってくださいね」
そっと腕を出されました。見るからに板が揺れそうなので遠慮なく腕を借りました。
「船内はとても広いのですね……。わぁ。水面がキラキラと反射して眩しいです」
見るものすべてが新鮮に映ります。潮の香りを初めて感じることができました。海の上にいるなんて不思議です! そしてどんどん港から遠ざかっていきます。
「風が冷たくなってきましたね。一度中に入りましょうか?」
たしかに頬に触れる風は冷たいけれど、気持ちがいいのになぁ……。っくしゅ。
「体が冷えてしまいますよ、お茶を飲んで暖かい格好をしてからまた船内を見学しましょう」
「はい。そうですね。楽しくてつい」
甲板には数人の人がいて、みんな港から離れて行く様子を見ていました。ジェイ様に指摘されたとおり少し体が冷えていたようで、出されたココアが体に染み渡るようにじんわりと温かく感じました。
「部屋はどうでしたか? 狭くありませんでしたか?」
リリと二人部屋を用意してくれていたのだけど、不自由は感じませんでした。
「はい。過ごしやすそうな部屋をとっていただいてありがとうございます」
「何か足りないものがあったら遠慮なくおっしゃってください。それと船内を一人で歩き回るのは遠慮していただきたいのでお願いします。扉の外に護衛がいますので何かあれば伝えてください」
護衛まで? 単なる子爵家の娘に恐れ多いです。
「そこまでしていただかなくとも、一人で歩き回るようなことはしませんよ」
「ここは貴族が宿泊するスペースなのですが、船内には悪意を持って近寄って来る人がいるかもしれません。窮屈に感じてしまったのなら申し訳ありません」
「そんな、窮屈だなんて!」
お父様に頼まれたとはいえ、ジェイ様は私に気をつかいすぎだと思います。そしてここから本格的に至れり尽くせりの旅の始まりでした。
暖かい格好をしてジェイ様と船内を散策しました。レストランで食事をして、部屋に戻り入浴後はリリとおしゃべりをしていたら疲れのせいかすぐに眠ってしまいました。船酔いという言葉があるようなのですが私には当てはまらなかったようです。
朝食はジェイ様に誘われてレストランに行きました。見たことのないフルーツがたくさん並んでいて朝から贅沢な時間でした。
そして港に到着して初めての国外! トンっと軽やかに降りたらジェイ様は笑いを堪(こら)えるように私を見ていました。子どもっぽかったですね……浮かれてしまいました。
「下船後は馬車で移動してホテルで一泊となります。宿泊先のホテル周辺は賑やかなので、良かったら散策しませんか?」
「はいっ」
馬車の移動も他国となると景色が違いとても楽しいです。
「この辺りは治安がいいので少し窓を開けましょうか?」
きちんと舗装されていて砂埃が入ってきません。沿道を歩く人が笑顔なのはいい国なんだろうなって思いました。
休憩をはさんで半日ほど馬車で走り、宿泊するホテルへと着きました。行程は順調なようです! 馬を休ませるためにもここで一泊するということなので、荷物をホテルに置いてからジェイ様とお出掛けです。
「人が多いので離れないでくださいね」
「はい」
……わぁ。男の人が皆大きい……。レオ様も大きかったのだけどみなさん本当に大きい。これだけ大きな人が多いと自分が小さくなったような感じがします。
「どうかしましたか?」
「あ、えっと……。みなさんとても大きくて驚きました」
「ふふっ……。そうなんですよ。この国の男たちは身体を鍛えて大きくないとモテませんから、それは必死ですよ」
ジェイ様は? モテたくなかったのかな?
「ジェイ様は……」
男の人の身体はよくわからない。ジェイ様は騎士科の生徒たちに引けを取らないと思うのだけど……? 細身だけど鍛えられたジェイ様を想像をしていると恥ずかしくなりました!
「恥ずかしい話ですがまったくでしたよ。レオのように鍛えられた筋肉はすごいと思いますが、引き締まったしなやかな筋肉の方が……。っと、筋肉の話はやめましょう。確かこの通りに。あっ、間に合いましたね」
「わぁ。露店ですか?」
「女性が好みそうな小物を販売しています。首都からも買い求めに来るそうですよ」
ビーズを使った小物が並べてあって種類も豊富で丁寧に作られているのがわかりました。
「わぁ、この髪飾り可愛い」
ソフィアさんたちのお土産にしようかな。でも来たばかりで買うのは早いかな……。まだいいものがあるかもしれません。どうしよう。悩んでしまいます。
「この辺りはビーズのアクセサリーを作っている女性が多くいるのですよ。迷っているのなら購入をおすすめします」
「そうなんですね! お友達のお土産に購入したいと思います」
ブルーのイメージはソフィアさん。ピンクはデボラさん。オレンジはレイチェルさん。かな。私の分はグリーンにしよう! 悩みながら人数分を購入しました。通貨が共通だからわかる。
とってもいい買い物でした。それは家を出てから初めて使ったお金でした。
その後も街を散策して日が暮れる前でした。ちょっと疲れてきたかも。
「良かったら本日は屋台で食事をしませんか? お疲れでしたらホテルに帰ってゆっくり食事を」
え? 屋台で!?
「はいっ、屋台での食事がいいです」
ジェイ様は嬉しそうに笑って「そうしましょう」と言ってくれました。
香辛料をたっぷり使って味付けした魚に、少し味の濃い焦げ目がついたお肉、油で揚げてあるポテトなど普段は食べられない物を堪能しました。少し辛かったり味の濃いものがあったけれど屋台で食べる食事は特別です。疲れが飛んでいきました。
「お口に合いましたか?」
「初めて食べるものばかりでしたが、美味しかったです」
「満足してもらえて良かったです。明日の出発は早いのでそろそろホテルに戻りましょうか? お疲れのところ連れ回してしまい申し訳ありません」
「気をつかっていただいてありがとうございます。とても楽しかったです」
私が屋台を興味深く見ていたことがバレているようでした。屋台で食事をするとなると護衛の方も大変だったでしょう……。
「いいえ。とんでもありません。喜んでもらえて良かったです。それに私も楽しく過ごすことができました。後はゆっくり休んでください」
……ジェイ様は本当に優しい方だわ。今日も楽しかった……。屋台での食事も買い物も!
部屋に戻ってリリとおしゃべりをして眠りにつきました。
~ジェイ視点~
『わぁ。露店ですか?』
ここは観光客から人気のエリアで女性たちが活躍する街。港から首都へ行くまでに通る街で、いつもはもうひとつ先の街で宿泊をするが、ルビナ嬢が好きそうだと思いこの街に宿を取った。
『わぁ、この髪飾りも可愛いです』
喜んでくれているな。種類も豊富で目移りしているのだろう。購入を迷っているように思えた。
『この辺りはビーズのアクセサリーを作っている女性が多くいるのですよ。迷っているのなら購入をおすすめします』
『そうなんですね! 友達のお土産に購入したいと思います』
友達への土産か……。それならルビナ嬢が自分で買った方がいいだろう。ルビナ嬢に支払いをさせたくないが、高い買い物ではないし私が友人の分を支払おうとすると拒否されそうだ。ここは黙っておこう。
目移りをしていたようだが、髪飾りを選んでご機嫌な様子だ。ビーズ産業が進んでいるから土産にはちょうどいいと思うし女性ならではの繊細な作りが人気だ。見た目にも華やかできれい
だった。せっかくだからこの街の雰囲気を味わってもらいたいなぁ。夕暮れ間近だった。
『今日は屋台で食事をしませんか? お疲れでしたらホテルに帰ってゆっくり食事を』
『はいっ、屋台の食事がいいです』
貴族の令嬢は屋台での食事を躊躇するかと思ったけれど、ルビナ嬢は興味があるようで店を見ていた。この街の屋台は有名で貴族も首都からお忍びで訪れるほど人気がある。学生時代は屋台で食べたことがあった。美味い店もあればそうではない店もあるがそれを見つけるのは楽しみのひとつだった。屋台で買ったものをまずは護衛が味見をしていた。ルビナ嬢の身に何かあっては困るし、露天での食事は外れもある。
香辛料たっぷりの魚に、少し味の濃い焦げ目がついた肉、油で揚げてあるポテトなど。少し辛かったり味付けが濃いものもある。
馴染みのない香辛料に驚いたのかルビナ嬢は侍従が買ってきた飲み物をこくこくと飲んでいた。首都の屋台では甘いものも売っていて令嬢たちに人気だったよな? 首都に着いたらそこへも行こう。
それにしても大きな男たちが相変わらず多いな……。ルビナ嬢は驚いていた。男が飾るものは筋肉でいいというような国。何かあったらすぐにシャツを脱ぎ「力比べだ!」と言って力比べをしていた。脱がないとすぐシャツが破けるから。令嬢たちも嬉しそうにその様子を見ていた。学生のノリのようなものだったけれど、あの頃は若かったなぁ。
いよいよ明日は首都へと到着する。レオナルドの結婚式には学生時代の友人がたくさん来るだろう。ルビナ嬢は大丈夫だろうか……。あいつらも大人だから変なことはしないだろう。
ホテルで一泊して首都へと向かう。天候に恵まれていたから道も良く、思っていたより早く首都へと着いた。学生時代の友人が“俺の家に滞在しろよ”と言ってくれたが、他国で貴族の家なんてルビナ嬢を疲れさせるだけだ。
私たちはホテルで滞在する。と言うとレオナルドが手配をしてくれた。首都の中でも一、二を争う高級ホテルで教会もパーティー会場からも近いし立地条件は最高だった。結婚式は二日後だからそれまではのんびりと過ごそう。