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ダンジョンのUX、改善します! 1
著者:三上康明 イラスト:ひと和
プロローグ
「ではここに! 迷宮お披露目式はっじまっるよ~~~!」
俺が岩でできた壇にのぼって両手を広げる。唯一の着衣であるボロボロの黒いローブをバッと広げたのだ。
目の前にいるのは白骨――スケルトンたち。こいつらは迷宮主である俺が魔力を使って召喚した連中である。
で、骨たちは「は?」みたいな顔をしたあとに、まばらな拍手。ぱちぱちぱち、って鳴らないのな。かちゃかちゃかちゃ、って鳴る。しょぼい。
「ほんとにやるんです?」
と聞いたのは、この中で唯一しゃべれる骨であるリオネルである。しゃべる以外はほかの骨とまったく変わらない、歩く白骨である。
「ほんとにやるんだよ」
「ほんとのほんとに?」
「ほんとのほんとに決まってんだろ」
「はあ……」
俺がやろうとしていることはずばり、「迷宮を一般に開放すること」、だ。
迷宮があるじゃん? 冒険者がやってくるじゃん? 俺たちが倒すじゃん? 冒険者の荷物を奪うじゃん?
「いいじゃん!」
「そんなにうまく行きますかねえ……」
人差し指をアゴに当てて小首をかしげるリオネル。かわいくねーから。それ美少女がやらなきゃダメなやつだから。
「よし、そんじゃあ配置に散れッ!」
俺が指示を出すとスケルトンたちは散っていった。
ここは街から結構離れた山のなか。アリの巣のように俺の迷宮が張り巡らせてある。
前世は日本人、現世は迷宮主。そしてここは謎のファンタジー世界。
意味がわからんよな?
大丈夫、俺がいちばんわかってない。なんなら日本人であったときの記憶もあやふや。
「監視チーム! 乗合馬車のルートは!?」
監視チームはスケルトン五名だ。
迷宮内の遠い場所にいるが、伝声管を使えば声を飛ばせる。
で、監視チームはこの山の高所に設置した監視部屋にいる。
俺がダンジョンを造ったこの山はちょっと変わった形をしている。西側に街がうっすらと見えるんだけど、そこに至るまで鬱蒼とした森が広がっている。その森が、はたと途切れるのが断崖絶壁のあるところ――つまり俺がいるこのダンジョンの山なんだ。この山は結構デカくて、数キロ東まで永く伸びている。
で、その崖なんだけど、崖に沿って街道が造られている。
崖の下に街道なんて造っちゃったら落石が危なくない? と俺なんかは思うんだけど、崖自体は横に二〇〇メートルくらいしかないので、「街道が延びていった先にたまたま崖があった」みたいな感じになっている。
監視部屋はその崖の高さ三〇メートルくらいのところにある。監視窓があって、西日が射すとまぶしいけど、今は真昼だ。ここにスケルトンを五体配置している。
迷宮主である俺は意識を集中する……と、スケルトンの四人が立って、一人が座っているのがわかる。
迷宮のどこにモンスターがいて、どんな状況なのか把握できるのは迷宮主の機能だ。ほんと便利。
五人のうち四人が立っているということは、監視部屋まで、馬車はあと四〇〇メートルの距離ということになる。
俺はリオネルとともにじっと待つ。監視部屋にいる次のスケルトンが座る。
あと三〇〇メートルの合図だ。
じりじりする。
俺の迷宮を一般に公開するまで、あともう少し。
思えば長かったな。ぼんやりと日本にいた記憶はあった俺が、迷宮主として歩み出してからここまで。
洞窟に一人目覚め。
洞窟で迷宮魔法なんてものを扱いはじめ。
腹が減って飯を食いたくなっても食えるものなんてなく、それすら迷宮魔法の「空腹無視」なんてものでごまかした。
残り二〇〇メートル。
迷宮は十分拡張した。このデカい山を貫通するほどには。
そこまで迷宮を広げ、迷宮魔法を使う魔力もたっぷり手に入れた俺が次に手を出したのは、「話し相手」の召喚だったりする。
それが、リオネルという――召喚主の俺を敬ってるんだかおちょくってるんだかわからない知性スケルトンが出てくる結果にはなったのだけど。
リオネルが悪いわけじゃない。
だけどな。俺はさ。そろそろさ……。
「人と話してぇのよ。人の食うものを食いてえのよ!」
残り一〇〇メートル――。
「ボス、なんか言いました?」
「はっきりくっきりデカい声で言ったけど、なんでお前聞かなかったフリすんの?」
骨たちだけを相手にする孤独な生活もそろそろ終わりだ。
「よし、そろそろ行けっ!」
俺はスケルトンたちに合図する。
街道に面した洞窟の入口にいたのは十体のスケルトン。連中が一斉に群がったのは巨大な岩で、こいつが迷宮の入口を塞いでいた。
スケルトンが運んできたものなので、スケルトンの手で倒すことができる。
ぐらりと揺れた岩は、やがて街道側へと――倒れた。
ばったーん、という音とともに震動が伝わってくる。もうもうと土煙が上がり、洞窟内に光が射し込む。
すぐそこは街道だ。あと数十メートルという距離に馬車が来ている。顔を出せば馬車にいる人たちの顔がはっきりと見えるだろう。見たい。でもその欲望を押し殺す――こっちが見えるということは向こうも見えるということ。俺の姿は見られないに越したことはない。なんでかって? だって迷宮主だよ? キモいじゃん……(号泣)。
「配置につけッ!」
がしゃがしゃと走り回るスケルトンたちを見ながら、俺はリオネルといっしょに迷宮の奥へと逃げ込む。
ダンジョンを公開して外から人を呼び込む作戦だが、ここで公開するのは、あくまでもダミーである。
「潜伏!」
「あっ、ボスずるい!」
迷宮魔法「潜伏」は迷宮の壁面に潜り込めるという効果がある。ただし深くは無理で、一メートル程度まで。
潜った先には別の通路がある。その先で「潜伏」を使う。こうすることで、うねっている通路をショートカットして進むのだ。実際に歩いたら、俺がさっきいた場所からダミー迷宮の入口までは通路をぐるっと回って三時間くらいかかる。
なんでこんなことをするのかと言えば、仮にダミーダンジョンの奥に本物のダンジョンがあるとバレても、通路で時間稼ぎできるからだ。
そんな俺は、
「どうだ?」
監視部屋にやってきた。
階段を駆け上がったせいで息は切れた。
スケルトンが五人、座っている。
スケルトンたちはカチカチカチカチと歯を鳴らすだけだった。そうだった。リオネルがいなきゃ俺はこいつらと意思疎通ができないんだわ。
じゃ、直接見るしかないな。
監視部屋の監視窓に身を乗り出す――うおっ、高いな。
真下の街道がよく見える。
街道をずっといくと鬱蒼とした森が切れて草原になる。草原の先は――街だ。城壁があって、城っぽい尖塔も見えている。
ああ、街。
人がいるんだろうなあ。
俺、そろそろ人と話したいよ……。
「ってそれはいいんだ」
俺は首を出して見下ろす。
ちょうど真下に乗合馬車が停まっていた。
人が小さい。顔色はなんとかわかるが、声は聞こえない。
乗合馬車の御者が、冒険者と話している――革製の鎧とか、鎖帷子とか着込んでるから冒険者、でいいよな? その数人が倒れた岩を確認しにいった。よしよし、予定どおりだ。
入る? 入っちゃう? 迷宮だよ? 入っちゃえば?
俺が念じていると、冒険者の一人がいきなりこっちを見た。
「ひぇっ!?」
俺は頭を引っ込めた。
「……バレた? バレてないよな?」
スケルトンを見ると、連中は人差し指をアゴに当てて小首をかしげるだけだ。なにそれ。流行ってるの?
バレてない……はず、と思って俺はもう一度そろそろと顔を出す。ふむ。やはりバレてはいないようだ。さっきこっちを見上げた冒険者は御者と話し込んでいる。
「おおっ」
冒険者が五人、馬車から出てきた。そして迷宮に入っていく。
「きたきたきたーっ!」
俺は迷宮に意識を集中する。来た。来たぞ。迷宮内に五人が入ってきた。ただ俺が迷宮内で把握できる動きは……なんていうのかな、白黒写真的というか、サーモグラフィ的というか。輪郭と状態みたいなのがわかるくらいなんだよな。
両手剣を持った男、ナイフを持った男、斧を持った女、魔法使いっぽいのが二名。
そろりそろりと迷宮内を探索し始めている。
……あれ、なんだろう、この感覚。
むずむずする。なんか、うれしい……楽しい……? 喜びっていうのか? なんか込み上げてくるものがある。
調べてるかい、冒険者たち。俺は苦労したんだよ。入口周辺を石畳にしてさ、壁も石壁、もちろん天井もな。植物を這わせる能力みたいなのはないから、土で汚してみたりしてさ。いわゆる「ダンジョンらしさ」を演出したんだ。
で、棺桶ですよ。彼らが進んでいく先――最初の広間に用意した、壁面にずらりと並ぶ石棺。そこにスケルトンたちが十五体いる。迷宮魔法の「製造精霊」で石剣、石盾を用意した。金属材料は足りなかったし、石鎧とか石兜は装備させたら骨が重量に耐えきれずその場にバラバラになっちゃったのであきらめたんだけど。
「来い、来い、来いっ……あと少し……!」
迷宮を冒険者たちが進んでいく――。
「来た――」
「もうひどいっすよボス! 先に行っちゃうなんて!」
「え?」
監視部屋にやってきたのはリオネルだ。
「……あれ? なんでこんな早く来られるんだ?」
ここまで三時間くらいかかる設計なんだが。
「いや、そりゃもうダッシュしましたし」
「お前がダッシュしたところで知れてるだろ」
「魔法も少々使いました」
「お前魔法使えるのかよ」
「ええ、ええ。迷宮魔法ほど面白くはありませんけどね」
「そうなんだ――じゃなかった。それなら設計し直しだろうが! こんなに早く入ってこられるんならもっと通路を遠くしなくちゃだろ!?」
「いやいや。私なんかは道順わかってますし、トラップがないこともわかってますし、警戒する必要ないですからね。実際に初見で歩いたらどんなに早くても一時間はかかりますよ」
「それもそうか。いや、一時間でも短いけどな」
「まったくボスったら、早とちり~」
「あっはっは」
「あはははは」
「じゃねえよボケ!」
「ふぇっ!?」
のんびり話してる場合じゃなかった。冒険者だよ、冒険者!
「……え?」
俺は言葉を失った。
冒険者たちは――もう、とっくに引き上げていたのだ。
「マジかよ……」
棺桶部屋へやってきた俺は、思わずつぶやいた。
そこにあったのは骨の山。砕かれ、割られ、焦がされた骨たち。
もう、動くことはない。
全滅だ。
「ああ……石装備じゃやっぱりダメだったみたいですねえ」
「おい、リオネル……『やっぱり』ってなんだよ?」
「スケルトンはそんなに強いモンスターじゃありませんし」
「先に言えよッ! そういうことは!! そのせいで……俺の見込み違いのせいで、こいつらは……!」
スケルトンを使って冒険者たちを追い払い、彼らの荷物のなかにある人間向けの食料をちょっぴりいただきたいというのが今回の迷宮公開の目的だった。
なんてことはない、俺の食欲を満たしたいというだけのくだらない計画だ。
それなのに――骨たちが犠牲になっちまった。
「ど、どうしたんですか、ボス。目に涙まで浮かべて」
「泣いてねえよ! 殺されたこいつらのこと考えて、ムカついてるだけだ!」
「ボス……」
どこかしょんぼりした顔に見えるリオネルが、言った。
「……もともと死んでますけどね」
言うと思った。こいつはそういう男だ。
「まあちょっとは痛い思いをしたかもしれませんが、ボスがゴメンって言えば大丈夫ですよ」
「ゴメンって言えるなら言いてえよ。でももう、動かない……」
「それは……」
魔力切れてますしね、とリオネルが言った。
「……魔力?」
「壊されたってことは活動限界ってことですよ。毎日やっていただいてるみたいに魔力をブスーッと注入すれば大丈夫です」
「…………」
半信半疑の俺が魔力を送り込むと、十五体のスケルトンがわらわらわらと起き上がった。
「…………」
「おーい、お前たち、ボスからお話があるようだ。さっ、ボスどうぞ」
「…………」
なんだよこれ。あっという間に生き返ってるじゃねえかよ。いや死んではいるんだけど。
「なんかその……」
え? なにこれ、俺はこいつらになにを言えばいいの?
「えっと、その……すまん。次はもうちょっとうまくやるわ」
きょとん、とした顔でよく理解できてないスケルトンたちは、人差し指をアゴに当てて小首をかしげた。いい加減にしろ。
第一章 出会いは突然起きるものだが心臓に悪いものでもある
「空間精製」
俺が念じると目の前、横二メートル、高さ二メートル、奥行き一〇メートルほどの空間が消失する。スパッと空間だけ消え去ったかのように消えてしまう。真っ暗だとかそういうことは心配する必要はない、ここはダンジョンで俺は迷宮主なので、光がなくともすべて見えている。
すると五メートルほど向こうでプシャーッと水が噴き出した。
「空間復元」
そう念じると空間はすぐに元に戻った。
これが、迷宮魔法である。空間を切り取り、元に戻すというのが基本である。
「うーん……これくらい深いと地下水が出てきちゃうのか。下限はここかもしれんな……平面整地」
念じると、俺が立っている周囲の地面が平らで固くなる。
これも迷宮魔法だ。
岩盤ならば切ったら切ったままでおいておけばいいのだけれど、土や、岩同士がぶつかり崩れている場所は固めておかないと後々不安だ。
「平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地。平面整地……」
俺は迷宮魔法を使いまくる。空間精製と違って、平面整地は一定の範囲しか消せないので歩きながら整地していくしかない。壁もついでに固めていく。
考え事しながらやるにはいいだろう。
迷宮公開は失敗した。人と出会い、まともな飯にありつこうという俺のアイディアは失敗したのである。
……うん、まぁ、冷静に考えると「スケルトン使って襲わせるぜ! ヒャッハー!」って、ちょっとヤバい発想だよな。襲われる側からしたらトラウマものだ。スケルトンにも痛い思いをさせちゃったし、もうちょっと考えよう……。
「だいぶ長いこと、人間と話してないから人恋しくなったのかなぁ……どう思う? カヨちゃん」
《…………》
「これくらい話してくれてもいいじゃん! だって俺が迷宮主として精神を保っていられるかどうかの瀬戸際なんだよ!」
《正確には迷宮主ではなく中級迷宮主です》
俺の脳裏に聞こえてきたのは若い女性の声だった。話し方に感情はこもっていないし、迷宮主に関することしか話してくれないけども、女性の声だ。
一応言っておくけど、イマジナリーフレンド的な想像の産物じゃないからね? 寂しさのあまりに聞こえて来た女の子の声とかじゃないからね?
カヨちゃんの声は俺がこの世界に目覚めたときから頭の中で聞こえていたんだ。
迷宮魔法の使い方を教えてくれたのもカヨちゃんだ。
最初、空間精製で一メートル立方の空間を作るくらいで息切れしていた俺。迷宮魔法にどれくらい魔力が必要なのかわからなくて、「一メートル立方の空間精製で消費する魔力をMP1としよう」と俺が決めると、それに従って助言をしてくれるようになった。
一応、こちらの世界ではメートルなんて単位はないしキログラムもないんだけど、度量衡を合わせていると俺の頭が混乱するので日本での常識に合わせることにしたら、カヨちゃんも適応してくれた。
マジでありがたい。
カヨちゃんがいなかったらマジで詰んでた。
で、なんで「カヨちゃん」なのかっていうと、これはわからん。なんか「あ、この声、カヨちゃんだな~」って思ったんだよな。
自分の名前も、どんな暮らしをしていたかも覚えていないし、日本にいたことしか覚えてない俺だけど、カヨちゃんはカヨちゃんだってピンときたわけ。
「これって運命かな?」
《…………》
「カヨちゃんの機能って迷宮主の運命なのでは?」
無視されたので言い直した。
《迷宮主にカヨちゃんという機能はなく、また偶然性を左右する機能もありません》
迷宮主に絡めると答えてくれるカヨちゃんが優しい。
「――ボス、ボス~? なにしてんですか、こんなところで……って、うおっ!? めちゃくちゃ広い!?」
ここにつながる階段を降りてきたリオネルが驚いている。アゴがあんぐりして外れそうになっているあたり、「驚いたフリ」だってことがわかる。いやほんと、こいつ俺のことナメてるんだよなぁ。
まぁ、広いは広いけどね。
体育館が四つ入るくらいのスペースはあるからね。
上も吹き抜けていてめちゃくちゃ天井が高い。
「ボス……迷宮公開でしくじったもんだから、空間を拡張することに逃避しちゃって……」
「逃避してねーわ。ここは後で使うんだよ」
「後で?」
「まあ……たぶん? 一度戻るか」
俺はリオネルの前に立って歩き出す。
そうして、今使える迷宮魔法を思い出し、計画を再度練り直していく――。
■■■■■■
中級迷宮主 MP:118万
【消費魔力1】
空間精製 空間復元 平面整地
空間分解
→一立方メートルごと・空間精製によって亜空間に収納された質量に対して行使可能。任意の成分を抽出できる
空間抽斗
→一立方メートルごと・空間分解によって精製された物質を引き出す
初級成形
→土や石を想像どおりに成形することができる
被覆
→一立方メートルごと・迷宮の対象範囲を広げる
生体吸収
→迷宮内の死亡した生き物を吸収して魔力に転換する
【消費魔力10】
空腹無視
→魔力を生命エネルギー(カロリー・栄養)に転換し、満腹中枢を刺激する
潜伏
→一歩ごと・迷宮の外周に潜って移動ができる
【消費魔力5万】
緊急避難
→迷宮の一部に紛れることで完璧に気配を消すことができる
【消費魔力50万】
進化
→迷宮主から中級迷宮主になることができる
【中級迷宮魔法】
製造精霊
→紡績、冶金、裁縫、トラップ製造などを行う精霊使役が可能となり、使役の難易度、規模によって消費魔力が変わる
中級成形
→金属を想像どおりに成形することができる。消費魔力は初級の千倍
高速移動
→迷宮内ならどの地点にも超速で移動可能。消費魔力は100万
【召喚モンスター】
4 バット
6 スライム
20 スネーク
50 ゴブリン
100 ホブゴブリン
400 知性スライム(しゃべれない)
1000 スケルトン、知性ゴブリン
2000 知性ホブゴブリン
1万 知性スケルトン
【未解放 250万】
魔導創造ゴーレム
→未解放のため詳細不明
【未解放 1000万】
迷宮占領、迷宮同盟、迷宮降伏
→未解放のため詳細不明
【未解放】
→二次進化
■■■■■■
迷宮公開に失敗してから再度迷宮を整備していると、徐々に魔力の上限が増えていった。大体、ぶっ倒れるくらい魔力を使いまくってぶっ倒れて寝ると一割弱増えるんだ。結果、俺は「高速移動」を覚えた。一回使うと魔力がすっからかんになっちゃうけどな。
それでもこの魔法は重宝する。
「あー……どうすっかな」
俺の目の前には、小さな洞窟の入口がある。まあ俺は洞窟の内側にいるんだけど。
その向こうには手つかずの森が広がっていて、入口にはツタがぶら下がっている。
つい五秒前までリオネルといっしょだったけど、今は「高速移動」によってここにいるというわけだ。
どれくらい離れたかって?
徒歩で五日の距離だ。
リオネルからすると、超絶巨大なアリの巣のようになっているダンジョンで、俺がどこにいるかを把握する術はないので(俺はわかるけどな、迷宮主だし)、一人になるにはもってこいの魔法ってわけ。
「……やっぱここ、落ち着くな」
半年くらい前、俺が目覚めたのがこの小さな洞窟だ。デカめのクマが冬眠に使っていたような大きさで、奥行きは一〇メートルほどしかない。
俺が羽織っているこのぼろぼろのローブを見つけたのもここだった。持ち主は白骨死体だったし、「生体吸収」の魔法も反応しなかったので丁重に埋葬し、ローブだけはいただいた……俺、すっぽんぽんだったからね。それくらいは許してほしいね。
この洞窟は今も残してある。で、俺のダンジョンの一部である。もしも迷える森の熊さんとか来ちゃったら大変困るので、一応ここは一〇メートルで行き止まりになっているという体を装っている。最奥の壁には通気孔があって、その先には整備されたダンジョンが広がっているのだ。通気孔でもなんでも、空間がつながっていればダンジョンとして認識される。
昔懐かしの我が家という感じがある。
最初のMPは10しかなかったっけ。毎日しこしこ上限を増やしていった結果、50万を超えて中級迷宮主に進化して、イケるじゃんって勘違いして迷宮公開に失敗して今に至る。
「はー……こうして見ると、外なんてすぐそこにあるんだけどなぁ」
俺はゆっくりと前へ進む。のれんのように垂れ下がっているツタを腕で押しのけて洞窟の外に出る――瞬間、
「ッ!?」
すさまじい力が俺の身体を弾き飛ばし、迷宮内部へと俺を押し戻す。三メートルくらい飛んだ俺の身体は地面をバウンドしてごろごろごろっと転がっていく。
「っくう~……いでぇ……」
《迷宮主は迷宮から出ることができません》
ほんのちょっとだけ呆れたような口調でカヨちゃんが言う。いやまぁ、知ってるんだよ。実際、ここで目が覚めたその日に俺は外に出ようと挑戦して同じ目に遭い、その五日後と十日後にもやってみて同じ目に遭った。
迷宮主は外には出られない。
初歩中の初歩だ。
それを俺は――なんでかわからんけど再確認したくなったのかもしれん。
「……こんな思いをしなきゃわからないんだから、俺はバカだな……」
身体のあちこちがジンジンするが、迷宮は俺の身体の一部みたいなものなのでここでバウンドしてもそこまで痛くはなかったりする。
「…………」
壁に背中をもたせて俺はベタ座りしている。
改めて俺は考えた。
俺はこの世界でなにをするべきか。勢いで迷宮を公開したけど、あれだって目的は一応あった――この世界の食い物を食ってみたかった。この世界の人と話してみたかった。あとできればかわいい女の子とかとお近づきになりた
かった。
そ、それくらい、いいよね!?
日本にいたときに俺がどんな人生送ってたかは覚えてないんだけど、どう考えても彼女とか結婚とか無縁だった気がするんだわ……じゃなきゃ孤独の解消手段が骨と話すしかない迷宮主になんて転生するはずがないんだわ。
とはいえ、ダンジョンである。
俺の特徴にして、弱点にして、最大の武器。
ダンジョンの公開には失敗した。
確かに、失敗はした。
だけど、次はもっといいダンジョンを創ればいい。そういうことなんじゃなかろうか。
これはアプリやWEBサービスと同じなんだ。
失敗してナンボ。プロダクトマーケットフィット――製品がユーザーに受け入れられるまで、何度だって繰り返せばいい。俺にはダンジョンしかないのだから。
だけど。ユーザーをなめてはいけない。連中はいつもこちらの斜め上の振る舞いをする。いやほんとマジでなんでそのボタンを一秒間に千回クリックするマクロ組んだんだ、お前?
ユーザーのことを考えよう。モデルとする人物像……二十歳前後、血気盛んな冒険者。仲間とパーティーを組んでいるが、命を賭けて仲間を守るほどの信頼関係はできていない。楽しみは訪れた街の娼館。女を買うこと。クソ、うらやましい……じゃなかった。そういう人物像。
これをマーケティング業界では「ペルソナ」と言う。
本当はもっと掘り下げるので、俺はここからさらに詳細な条件を設定していく。生まれは農村。バックグラウンドは……装備品は……食事の嗜好は……。
代表的なユーザー像というわけだ。
実際には間違っていても構わない。訪問者の様子を実際に確認し、修正していけばいいからだ。
そしてその人物が迷宮を訪れ、どんな体験をし、なにを達成すれば「成功」なのか。
「ユーザーストーリー」を考える。
ようは、今俺がなすべきアプリやWEBサービス――じゃねえ、ダンジョンの改修に当たっての指針とするのである。
何度も試行して少しずつコンバージョン、達成率を上げていく。
同様にダンジョンだって何度公開したっていいはずだ。
俺はユーザーに提供する体験をアップデートし、改善していけばいい。幸い、魔力なら使い切っても寝れば回復する。
「……ん?」
それにしてもなんで俺、そんなにアプリやらWEBサービスのことに詳しいんだろうか。
「前世で、そういう仕事をしてたのかな……」
ぼんやりふわふわしている記憶をつかもうとすると、あとちょっとでわかりそうなのに、消えてしまう。
「……ま、いいか。そのうち思い出すだろ」
俺には、やるべきことができた。
「タンジョンのユーザー体験を改善するんだ……何度だってトライすればいい」
「ゆーえっくす、ってなに?」
「え? ああ……UXってのはユーザーエクスペリエンス、つまりユーザー体験の略なんだ。サービスの本質と言ってもいいかな。つまりさ、食事処ってあるじゃない? あそこは腹が空いた客に飯を出しているわけだけど、客は空腹を満たすという『目的』を果たしつつ、そこの飯が美味いかどうかという『体験』もしているわけだ。飯が美味ければその店をリピートするし、マズかったらもう二度と行かない。サービスの大枠としては食事の提供があって、実は本質は美味い飯を食うというところが体験になっている」
「へぇー」
「体験ってのがキモでな、飯が美味ければいいってわけじゃない。たとえば店構え、店内が清潔かどうか、食事の提供が早いかどうか、店主や店員の雰囲気はどうか……」
夢中になって話しながら、俺は気づいた。
……俺、誰に話してるん?
「面白いね。それで?」
「…………」
「?」
俺は、目をまん丸にしてそこを見た。
洞窟の入口に、いたのだ――一人の少女が。
赤い髪は短髪で、無造作に切られている。
目も赤い。肌の色は白っぽい。背中に弓と矢筒を背負っているあたり狩人なのだろうけれど、狩人にしては肌が白すぎるんじゃないだろうか。
だぶついた服の上からでもわかる。胸が大きい。すんばらしい。ショートパンツからはむっちりとした太ももが伸びている。すばらしい。足元は動物の革を使ったのだろう、靴を履いている。
俺は一瞬、心臓が止まったかと思った。
次の瞬間、心臓の鼓動が早くなる。
とにかく俺は思ったんだ――かわいい。
かわいすぎる。
推しのアイドルと出会った瞬間ってこんな感じなんだろうか。一瞬で俺は沼に落ちたのを感じた。恋に落ちたなんて言わない。彼女のたたずまいに、素朴で、清らかなものを感じたのだ。
彼女は、パチリとした愛くるしい目をぱちぱちと瞬かせた。
「その先は?」
声すらかわいい。俺の耳が孕むかと思った。
「……へ?」
「食事処のご飯の話」
「そ、そそそそんな、むむむむ無理ぃぃぃっ!」
「え」
俺は「緊急避難」を発動した。消費MP5万のこの魔法が発動するや、彼女の目からは俺の姿が消えたことだろう。実際には奥の壁にめり込んで気配を完全に消しているのだけれども。
び、びびった。
つうかこっちの世界の女子ってこんなにかわいいの?
俺がいなくなったからってきょろきょろしているのもかわいい。
ご、ごめんよ、心の準備ができてなかったから話もできないんだよ。
これでも俺、社会人で働いていたような感じなのに、どうしてこんなに女の子と会話もできないんだよ! 迷宮主になってぼっち生活がそれに磨きを掛けたんだよ! 知ってた! くそぉ! こういうときに小粋なトークでお近づきにならなくてどうすんだよ!
(……いや、待って)
黒いローブを羽織った男が「食事処のUXが……」とか語ってるの最高にキモくない?
ぬああああ! もうちょっと他に話題あったじゃん! なんか興味は示してくれてたけどさあ!
(……え?)
そのとき俺は目を疑った。
女の子は――俺の目の前に立っていたのだ。
(バレてる!?)
と思ったのもつかの間、「?」とばかりに首をかしげてこちらに背を向けた。どうやら、バレてはいないらしい。
そりゃ、確認くらいするよな。いきなり目の前で人が消えたんだもんな。
だけど俺は迷宮魔法によって壁の内部に消えてしまっているので完全に隠れられた。
(び、び、び、びっくりしたぁ……)
この世界に来て初めての他人との会話がめちゃくちゃかわいい女の子ってハードル高すぎるんよ。
つうか、なんで言葉が通じたの? 迷宮主力なの? 仮にそうだとしても――意思の疎通ができるのだとしても、中身が俺なので無理なんよ。
女の子はきょろきょろしていたかと思うと、ふらりと迷宮から外へと出ていった。
(はー……疲れた)
俺は壁の内部でごろんと横になり、不思議なことに息をするのは問題がないこの空間で、うとうととしたのだった。
……って、寝てたわ。
知らない天井だ、じゃない、知らない壁の内部だ。いや知ってる。俺のダンジョンだもん、知ってる。
ふわぁ……なんで俺は寝てたんだっけ。
ああ、そうか、見知らぬかわいい女の子が入ってきてキモいUXトークを繰り広げた挙げ句に壁の内部に逃げ込んだのか。言葉にすると落ち込むぜ!
あの子かわいかったなー……赤い髪でさ。
そうそう。そこにいる子くらいの……。
「!?」
え。
いる。
いるんだが?
さっきの子がいるんだが?
外から差し込む光に少々あかね茜いろ色が混じっているので、どうやら夕方が近づいているらしい。
彼女は、いきなり消えた俺に驚いて出ていったはずだが――戻ってきたということ?
(え、ど、どうしよ……)
声を掛けるべきか迷っているうちに、彼女はこちらに背を向けて座り、背中の弓や矢筒、それに他の荷物を下ろした。
(居座っちゃうの!? ダメだよ、ここは危険なダンジョンだよ……って、えええ!?)
この次に起きたことには、ますます俺は目を疑った。
がばりを上着を脱いだんだ。
内側にはキャミソールのような薄手のシャツが一枚きり。
わき腋の下はぱっくりと切れ目が入っていて彼女のあばらが見えていた。
少女は布きれを取り出すと、首を拭き、それから脇から手を突っ込んで胸の下を拭いていく。
たゆん、と大きな胸が揺れる。
「ふーっ。暑かったなぁ……」
どうやら外は夏で、森の中とはいえ暑いらしい。
息を吐いた彼女は改めて上着を羽織ると、荷物を担いで出て行った。
その間、三十秒もない。
だけれど俺にはまるで永遠のように感じられた。
エロいとか、そういうことは全然思わなかった。
ただひたすら美しいと――俺は思ったのだ。
「……ハッ!?」
いや……これ、のぞきで訴えられる案件じゃね……? だ、だけどこれは俺のダンジョンだから! 俺のダンジョンに入ってきたのは彼女のほうだからぁ!
「ま、待って。待って待って」
出て行った彼女を追いかけて俺は洞窟を飛び出そうとし、
「ふぎゃん!?」
外に出ようとした瞬間、内側にはね飛ばされて地面を転がったのだった。
そうだった! 俺は迷宮主なんだわ!
「くそぉ……」
それ以来俺は、始まりの地であるこの洞窟を注意するようになったのだった。
それからまたしても十日ほどがすぎた。異世界にやってきてからもうちょいで二百日ってところか。毎日フルで魔力を使いきっているわけでもないので、MPはようやく200万ってとこか。二百日も経つとだいぶ異世界になじむわー、もうここで生まれ育った男だと言えそうだわー。
ウソだ。
まったくなじめてない。
というかしゃべった相手は骨だけだ。気が狂うかと思うわ。だけど、これが不思議なことに狂わない。たぶんそういう耐性が迷宮主という生き物についているんだろう。迷宮主は孤独である。
さてこの十日間、俺はいろいろ考え、いろいろなことを試した。リオネルには意見を聞いた。スケルトンの数を増やして今は迷宮内に五百体ほどがいる。ちなみにスケルトンの維持には毎日召喚と同じだけのMPを消費するのだが、スケルトンの召喚に必要なMPが1000で、五百体なので、日々50万MPをスケルトンのために使っていることになる。
正気かな?
一度地下の大広間に五百体の白骨を集めたことがあるけれど、人種や性別、年齢もばらばらの白骨が集合しているのを見ると正気を失いかけたわ。
ともあれ、リオネルがいるとスケルトンたちの報告を聞けるし、人手(骨手?)はいくらあっても足りないくらいなので、これだけ増やしたのである。ちゃんと彼らにお願いしたいことも決めている。冒険者を襲うとか、女冒険者を襲ってムフフなことをしたいとかそういうことではない――どうせ負けるし。暴力、ダメ。ゼッタイ。
俺はスケルトン一人一人に対してもちゃんと向き合うことにした。けっして使い捨てのようには扱わない。彼らも生前は一人の人だったのだ――うん、まぁ、尻尾の骨があったり、どう見ても角が生えていたり、骨が紫のヤツもいるんだけど、いったんそれは無視する。あと面倒なのでまとめて「白骨」で統一する。
「なあ、リオネル」
「なんですか、ボス」
「俺、ふと思ったんだ。俺の言葉ってお前に通じてるじゃん? だけど俺、こっちの世界の言葉って知らないわけだよ。日本語を話してお前に通じてるのってなんでなん?」
「……ボス、ついに……」
「ついにってなんだよ!? かわいそうな人を見る目で俺を見るなよ! 結構真面目に疑問なんだよ!」
あの少女――純朴なる美の化身である女神と俺は、言葉を交わしていた。
リオネルはなんやかや迷宮魔法的なアレで意思疎通できてるのかなって勝手に思ってたんだけど、女神と会話ができたのはおかしいよな?
「本気でご存じないのですか。ボスの着ているローブのおかげでしょう」
「……え? このボロ布?」
黒くてボロボロの布。ただし着心地は悪くない。白骨の遺品である正真正銘由緒正しきボロ布である。
「魔法掛かってますもん。意思疎通系の魔法ですね。言語の壁を越えて会話ができるっていう」
「……なんじゃそりゃ。とんでもねえな」
「すごい魔法ではありますけど、とんでもないってほどじゃないですよ」
「え、そうなん? 一応聞くけどここってなんて国のなんて山?」
「知りませんて。私、ボスに召喚されたんですよ? こっちが聞きたいですぅ」
「『ですぅ』じゃねえよ。ぶりっこすんな。それじゃお前の生まれはどこなんだ?」
「残念なことにスケルトンには生前の記憶を探ることができません」
そうだった。こいつも俺と同じ境遇だったわ。
結局、ここがどこなのかはわからん……日本語が通じた時点で、日本のどこかという可能性もゼロじゃないよな? 女神は赤い髪に赤い目だったし、冒険者たちも金髪はともかく緑の髪とかいたけど日本の可能性あるよな? コスプレしてるんだったらお台場の近くかもしれないし、始まりの洞窟から見える山奥感を思うと群馬県山中の可能性もあるよな?
うん。
ねーわ。
延々続く森、舗装されていない街道、乗り合い馬車、スケルトンに魔法。
日本のわけがねーわ。
「ちょっと現実逃避しちゃった」
「『しちゃった』ってボスに言われてもかわいくないですよ」
うっせー。正論を吐くな。俺が傷つく。
「それはそうと、五百体もスケルトンを集めてなにをする気なんです? これだけのスケルトン、維持するだけでもとてつもない魔力量ですよ……」
呆れたようにリオネルは言う。
「そうなの? ふつうはどれくらい召喚できるんだっけか」
俺はリオネルを召喚したときのことを思い出す。
――召喚されたの六回目ですからね。三回目の召喚主が死霊術師だったんで、いろいろ教えてくれました。
そう、こいつはなんと六回目の召喚……じゃなくて、死霊術師がいろいろ教えてくれたらしい。
「ていうか現世のことは覚えてないのに前に召喚されたときの記憶が残ってるっておかしくね?」
「一応現世への未練みたいなのもあるんですよ。なんかこう……もやもやしたものが頭の隅にあるんですけど……まあ頭の中はカラッポですけど……」
スケルトンジョークらしいよ。俺は笑えないけど、スケルトンの仲間たちはカタカタカタカタって歯を鳴らしてるからウケてるようだ。
「一般の死霊術師は私を一体召喚したら息も絶え絶えですよ。知性のないやつはいけますけど」
「え、そんななん?」
ってことは、MPが1万しかないってことじゃん。
迷宮主はMPが増えやすい生き物なのかな。俺が特別! チートやで! っていうんではないと思う。だってダンジョン創るんだぜ。いっぱいMPないとヤバイっしょ。
「はい、なので、言語で会話ができないスケルトンであっても、五百体召喚しているボスの異質さがわかりましたか?」
「まぁ……はい」
ちなみに言えばこの四倍は召喚できるし、日々俺のMPは増えていっているのだがあえて言う必要はないだろう。MP250万で次の魔法を使えるようになる日もすぐそこだ。
「そんなボスはなにをしようとしているんです?」
「よくぞ聞いてくれました」
「え、今まで何回か聞いてましたけど!? ボス、全部スルーしてましたよね!?」
実はそう。ようやく、プロジェクトが終盤に近づいてきたので、リオネルに話す気になったのである。
五百体ものスケルトンを召喚して、なにをしていたのか。
もちろん「ダンジョンのUX改善プロジェクト」である。
ダンジョンの手入れは迷宮主がやるんじゃないの? と思われるかもしれないが、実は俺にできることは迷宮魔法の実行で、実際に手を動かすには人手が足りない。
UX改善においてはいちばんの発見は迷宮魔法「製造精霊」だった。
「中級成形」によって、粘土だけじゃなく金属成形ができるようになったんだけど、「製造精霊」はさらに進んでる。
素材を混ぜ合わせたり、熱を持たせたり、魔力を込めたりできるんだ。
さらには「こういう罠欲しいな~~~」って念じると、素材があれば作れる。素材ってのは俺が「空間精製」で亜空間に飛ばした物質のうち、「空間分解」でよりわけておいたものってことな。
簡単。便利。とはいえ、仕様はちゃんと考えておかないと作れないんだけどね。
ちなみにこの「製造精霊」、小さなトラップ一つ作るのに1000くらいMPが飛んでいく。
便利を肩代わりするのは魔力な。これ、異世界を生きていく上で重要なこと――はい、ここが日本である可能性は捨てました。
それで、だ。
「製造精霊」を使って俺がまず着手したのは――トラップの量産。
トラップって言ってもいろいろあるんだぞ。フットスイッチを踏むと扉が開くとか、壁のスイッチをオンオフで室内の明かりをオンオフとか。なにそのマイ●クラフト。
もっと高度なこともできる。
自動でトラップの数をカウントするとか、表示するとか、エスカレーターとか……エスカレーターがトラップ扱いだとは思わなかった。トラップ万能すぎんか。
俺はとりあえず腕時計モドキを作りだして、現時刻とMP残量を表示するようにした。原理は不明だが、「これこれこういう機能!」と仕様を詰めればイケた。いや、若干、いや、相当に仕様はガバだったのでそのぶん消費MPがエグかった。なんと28万。……リオネル二十八体ぶんだと思うとたいしたことないな。腕時計のほうが優秀だし。
「ボス、今なんか私に失礼なこと考えてませんでした?」
「大丈夫。俺は事実しか考えない。……カヨちゃん、この腕時計があるからMPチェックする必要なくなって、俺と話す回数が減るけどごめんな」
《…………》
カヨちゃんは相変わらずツンデレ。いや、デレ期の来る気配がないのでただのツンドラだ。氷河期だ。恐竜すら死ぬ。
「ボス? 五百体のスケルトンの話は?」
「ああ、はいはい。このダンジョンにトラップを設置したのはお前が知ってのとおりだ」
「ですねえ。めっちゃいっぱい……」
「一万二千個な」
「……はい?」
「トラップの数は一万二千個だ」
「…………」
おかしいな、無表情なスケルトンのくせに、呆れた顔をしてやがる。
ちなみにトラップは発動タイミングでMPが消費されるので、一万二千個あってもランニングコストはたいしたことない……今のところは。
「で、そのトラップを使ってなにをするのかと言えば、もちろん冒険者を迎え入れるんだ」
「え~っ、まだあきらめてなかったんですかあ?」
「絶対あきらめんよ。俺は外の人と交流したいんだ。そしてあわよくば……」
「女とずっこんばっこんしたい」
「ちちちち違うけどぉ!? 友だちが欲しいだけだけどぉぉ!? あとご飯とか食べてみたいだけだけどぉぉぉ!?」
「まぁまぁ、正直になりましょうや」
「肩叩かないでくれますぅ!?」
ちょっと、ほんのちょっとだけ、図星を指された俺は結構焦った。いや、でも、俺には心に決めた女神がいるから……(あれから一回だけ来てくれた。お昼寝をしていらした。神々しさすら感じられる寝顔であった。寝顔を眺めてにこにこしている俺がキモいことは自覚しているから言うなよ)。
「ダンジョンを公開するなら、強いモンスターを召喚するのが一般的じゃないんですかねぇ?」
「ま、それも考えたんだけど……やっぱり、人死にが出るのは気が引けるんだよ」
「はぁ」
「覚悟がないって言ったらそれまでだけどさ、だからこそゴブリンを召喚してないってのもある。食料ないとゴブリン死ぬだろ? スケルトンなら魔力で生き返る」
「いや死んでますけども」
スケルトンジョークはもうええ。カタカタカタカタじゃないのよ。
もちろんさ、ゴブリンを使い捨ての駒にすることだってできるよ。でも……それやったら、俺が提供したいダン
ジョンのUXからは遠い気がしたんだ。
だから、トラップを主体にした。
なんとトラップには転移魔法も付与できることが判明した。これによってスケルトンたちはダンジョン内をトラップを踏んで移動できる。転移魔法の発動コスト、MP50。安すぎなんだよなあ。
なので、トラップに引っかかった冒険者は外に転移させるってわけ。
迷宮魔法の「高速移動」要らなくね? こっちの消費MPは100万やぞ? と一瞬思ったが、「高速移動」はいつでもどこでも好き勝手に移動できるんだから使い勝手が段違いだ。転移魔法トラップは作り出すのに数秒かかるし。複製は早いんだけどな。
あと、スケルトンたちが間違っても行かないように――女神が来たあの洞窟には「高速移動」を使うのがいい。リオネルにだって女神のことは教えない。秘密だ。ボスには秘密が多いのである。
「さて、ダンジョンをオープンする日程だが……」
「え、モンスターを召喚しない、バカげた数のトラップを作ったことしか聞いてませんけど」
バカ言うな。俺だって「ちょっとやりすぎちゃったかも」って思ってるんだよ。
「どうせ説明しても理解してくれる気がしないから、とりあえずダンジョン公開を優先しまぁす」
「うわー、説明放棄だ」
「さて、五百体のスケルトンのうち、隊長格を集めてくれたまえ」
スケルトンが五百体もいると仕事の割り振りが大変だ。
なので、十体を隊長とし、隊長の下に十体をチーフとして置いて、チーフの下に四体のスケルトンを置いた。
俺は「迷宮司令室」と名付けた部屋に移動した。
天井には照明(トラップ製)があり、俺が座っているのは回転するオフィスチェアっぽいイスだ。ちなみに照明はなくても見えるんだけど、気分が上がるので照明は点けた。MPを消費し続けている。
ひろびろとした鉄製テーブルもある。
天井も壁もしっかりと平らに整地されていて、つるつるだ。
広さは、そうだな、結婚式の二次会とかで使われるレストランくらいある。
……わかりづらい?
このくらいの広さって、他に思いつかないんだよな。
それはともかく。
ここは公開用ダンジョンのある山のど真ん中に位置しており、始まりの地からはもちろん遠い。
ダンジョン内のトラップ作動状況がわかるよう、壁面には公開用ダンジョンの全体図が描かれており、侵入者は赤色、ダンジョンの愉快な仲間たち(白骨)は緑色の光がついている。なにかあったらこれがオレンジ色になる。
トラップ作動数や破損数が表示されるモニターもある。
これ全部トラップなんだ、すげーだろ?(製作に掛かる消費MP35万、維持に掛かる消費MP毎時1万)
「ボス、本気でここを公開するんですか?」
「リオネルくん、不満かね」
「や、不満とかじゃないんですけども……」
珍しくリオネルが口ごもる。
「はっきり言いたまえ。ずけずけ言うのが君のキャラであろう?」
「いや、ボスのほうがよほどキャラぶれぶれなんですけど、大丈夫っすか?」
「うっせー。威厳のある迷宮主っぽさを演出してんだよ」
「まあ、私はどっちでもいいですけども……そんなずけずけ言ってます?」
「もういいよその話は。意見があるなら早く言えよ」
「あ、はい。えーっと……このダンジョンなんですが。というか、公開プランなんですが」
公開プランというのは、お披露目会だ。前回の失敗を踏まえた上で、再度プランニングした。どういうふうにお披露目したらここにみんな来てくれるかな? 迷宮として利用してくれるかな? と考えた結果、俺の脳みそから絞り出されてきた渾身のアイディアをまとめたものである。
「非常識っす」
常識にあらず、ときたか。
「リオネル」
「はい」
「これくらいやって当然だよ~~~~君さぁ~~~~~?」
俺はイスにのけぞって、テーブルをとんとんとんとんと指先で叩く。
「……なんかその言われ方ムカつきますね」
「リオネル。この迷宮に俺がどれほど情熱を傾けているか、わかるだろ」
「そりゃあそうですね。こんなアホなことに……失礼しました、修正します。アホほどすごいことに、ここまで熱心な迷宮主は聞いたことがありません」
アホの部分を修正しろよ。
「やるからには本気だ。でないとつまらんし、手を抜いたらユーザーに伝わる」
「はあ……」
「わかってないなーリオネル。永いスケルトン生活で骨抜きになったんじゃないの?」
「むしろ骨しか残ってないんですがそれは」
「そんなわけで近日中にこのダンジョンを公開したいのだが、なにか記念日とかで交通量が増えることはないかな?」
「記念日……ですか?」
「王様の誕生日でよそから人がいっぱい来るとか」
「そうですね……その前に私、ここがどこかわかりませんってば」
「だよな」
知ってた。
「もう、適当に乗合馬車が来たところで公開しちゃおうかな」
いやー、でもなあ。それって前回と同じなんだよな。
ここまでいろいろ準備したのに、前回と同じって……失敗フラグみたいでイヤだ。
俺が頭の後ろで手を組んで、イスにのけぞってくるくるとイスで回っていると、うらやましそうに隊長スケルトンたちが見てきた。
「あれ? ボス、見てください」
リオネルが指したのはモニターだ。
乗合馬車が通るルートの上――新たに設置した監視部屋五か所の一つに異常があった。
監視のために常駐させているスケルトンが、「警戒」を示すオレンジ色のアラートを出していたのだ。
俺の身体に、久々の緊張感が走る。
「……行くぞ」
俺はイスから飛び降りて、迷宮司令室の一画にある転移魔法トラップに向かった。そこにはダンジョンのあちこちに移動するための転移魔法トラップを集結させている。この迷宮司令室が中心部となって移動できるようにしているのだ。
床に設置した転移魔法トラップを踏むと、周囲の光景がとろりと溶けるように見え、そこは監視部屋になっていた。
「なにがあった?」
カチカチカチと歯を鳴らしながらスケルトンは監視窓を指さす。リオネルが通訳しようとするが、手で押さえた。見たほうが早い。
俺は前回のように監視窓からひょっこり首を突き出した。
気がつかなかったけど、もう夕方だったんだな。正面に西日が見えていてまぶしい。
「オラッ、皆殺しでかまわねえ!」
「残り一人だ!」
「クソが、抵抗しやがって」
「おっしゃあ、俺がとったぜえ~」
んん~~……馬車を山賊が襲ってるな。
馬車、っていうか……なんか牽いてるぞ? 鉄の檻?
攻めているのは山賊だ。一応ここ山だし、「山賊」でいいと思う。薄汚れた服や、プロテクターを身につけている男たち。手に持っている武器も錆びついているが、鉄の塊でぶん殴れば切れ味なんて関係なく相手を殺せるから問題ないんだろう。
対する守り手は、兵士だ。赤い布とか使っちゃったきらびやかな服に、銀色の鎖帷子を身につけ、そろいの鉄兜をかぶっている。
ふつうに考えれば山賊が正規兵に勝てるわけはない。
だけど、人数差がある。
山賊は二十人以上いるのに、馬車を守る正規兵は五人程度。山賊が何人も倒れてる……血が流れてるし死んでるのか? 十人近くは倒れてるけど。
とはいえ山賊は人数で押し切った。最後の兵士が倒れると、山賊は大喜びだ。仲間が死んでも悲しんだりしないんだな……刹那的な生き方だ。
「ほほぉ、山賊が勝つとは」
リオネルが俺の横に来て額に手をかざして下を眺めている。
ていうかよく考えると、距離があるにしてもこうして殺人が起きているのに、平気な顔をしている俺ってどうかしちゃったのかな。ふつうの日本人なら震えて動けなくなるレベルだよ。たぶん迷宮主である性質がなんかしちゃってる気がするんだけど。
《迷宮主はダンジョンに関係のない生物の生命に対して鈍感になります》
カヨちゃんが教えてくれた。だよね。
「リオネル、あれって正規兵?」
「そうみたいですねぇ。私も見たことがない制服ですけど」
ふむ、ということは相変わらずここがどこかはわからん、と。
「あの鉄の檻ですが、奴隷でも運んでたふうですね」
「奴隷か……」
この世界、奴隷とかいるんだな。人権団体なんかないんだろうな。白骨とか召喚できちゃうし。まあ、山賊がいるくらいだから人権団体より治安をしっかりしろってことだよな。
「それにしてもおかしいですねえ。山賊が正規兵を襲うなんて、あり得ないですよ。どうせすぐに露見しますし、そうしたら正規兵を倒されてメンツをつぶされた領主が怒りくるって攻め込んで来ますからねえ」
「言われてみるとそうだな。それすら思いつかないほどに山賊がバカという説は?」
「山賊だって生きるのに必死ですよ。あそこにいる連中はバカかもしれないですが、頭目は少なくとも考えると思いますよ。考えられるのは、なにか理由があるのか、あるいは、そんな危険を冒してでも奪いたいものがあったか」
死体からカギをひったくった山賊が檻を開ける。
「ん?」
出てきたのは、金髪の子どもだった。シャツにズボン。男の子か。
でも、なんだ? 頭に角が生えてないか? それに肌が紫色っぽいぞ?
「積荷が狙いという線、ビンゴかもしれませんよ。あの子は悪魔ですよ。悪魔の子ども」
「悪魔だって!? 奴隷なのに?」
「もちろん珍しいんですよ。だから山賊も喜んでるでしょう。金になりますし――それに、悪魔は人間と生態が近いですからね。性奴隷にもできます」
「せ、せせ、性奴隷って……子どもだぞ」
「子どもだろうと関係ないんじゃないですか?」
…………。
「ボス?」
胸くそ悪くなった。
この世界は確かに俺の知らない世界で、俺の知らない論理で動いているんだろう。人権団体なんぞないんだろうし。
だけどな……子どもだぞ。
何度も言う。
子どもだぞ。
「リオネル。スケルトンどもに命じろ」
「はい?」
「山賊を追い払い、子どもを助ける」
「……本気ですか?」
「本気だ」
「山賊は人間で、子どもは悪魔ですよ」
「だからなんだ?」
「追い払うってことは、山賊を殺してしまう可能性がありますよ」
「わかってる」
「公開プランに影響するかもしれませんよ」
「わかってる!!」
そうしている間にも子どもが抵抗していた。それを山賊が棒でぶん殴る。一発、二発……子どもがぐったりする。
俺は迷宮主だ。
ダンジョンに関係ない生き死にには心が動かないらしい。
だけど――俺にだってポリシーくらいある。
しょっぺーポリシーだよ。「人を傷つけてまでダンジョンを盛り上げない」っていう程度の。
「種族が違ったって、子どもを虐げていい理由になんかならねえだろ! リオネル、お前はさっさと動け!!」
困ってる子どもがいたら助ける。
今、俺のポリシーに追加した。
「――承知」
その瞬間、リオネルの瞳が――ぼんやりと青白く光るだけの空洞が――きらりと光ったような気がした。
――――――――――
*リオネル*
――――――――――
リオネルは、覚えている。
この風変わりな迷宮主に召喚された日のことを。
――はあ……またですか。召喚されやすいんですかねえ私は。
以前は冒険者に破壊され、召喚主との契約が途切れるや、そのまますとんと暗闇に落ちた意識。
自分にまた意識がよみがえってくるのを感じたリオネルは、それが召喚されたせいなのだとすぐに気がついた。
なにせ、六度目だ。
こうまで呼び出されてくると笑えてくる。
だから、笑い飛ばしてやろう。引かれるくらい明るく振る舞ってやろう。
そうしたら、今度の召喚主は――珍しく迷宮主だった――きょとんとした顔をしていた。
この迷宮主はいろいろと変わっていた。
これまで、スケルトンを召喚する人間は、強欲か、おかしな信仰をしているかのいずれかしかいなかったけれども、この迷宮主は違った。
なんだか、話し相手を求めている節がある。
「お前と話すのはウンザリだ」みたいなことを言いつつも、すぐにまた話しかけてくる。それなら他にもスケルトンを召喚すればいいのにと進言すると、「お前が増えたらどうするんだよ」と言う。どうしたいのか全然わからない。
ただ、やっぱり人恋しいのだろうとは推察できる。
人間的な触れあいに飢えているなと感じるのだ。
リオネルはこれでも元人間だから、わかる。
――んー、しかしなぜ私は召喚されやすいんですかねえ。生前の行動になにかあるんでしょうか。
生前の記憶はないが、技能は残っている。
ふと思うのは、自分が生前、武人だったのだろうということ。槍が特にしっくりくる。乗馬もできるようだ。将校だったのではなかろうかと自分では思っている。
さて、そんなリオネルだからこそ――迷宮主の言動には驚いた。
「リオネル。スケルトンどもに命じろ」
「はい?」
「山賊を追い払い、子どもを助ける」
「……本気ですか?」
思わず聞き返してしまった。
「本気だ」
「山賊は人間で、子どもは悪魔ですよ」
この迷宮主もまた元人間で、今もなおほぼ人間に近い状態。
生態だけでなく、心も。
ひょっとして……山賊が人間ではないと勘違いしている?
「だからなんだ?」
あれ、山賊も人間だと理解しておられるご様子?
リオネルは、わからなくなった。
この人物の評価を変えなければならないかもしれない。
自分の本心をあまり表に出さず、好き勝手に振る舞いながらも他者に気遣いを見せる。人付き合いを求める割りに一線を引いて、そこからは越えてこない。
そんな召喚主が――声を荒らげた。
「種族が違ったって、子どもを虐げていい理由になんかならねえだろ! リオネル、お前はさっさと動け!!」
うれしくなった。
召喚主の放ったその言葉、その正義は、リオネルの信条と完全に一致していたからだ。
――私の未練……生前の未練……子どもになにか関係が…………?
そう思ったのも一瞬だ。
カラッポの身体に、喜びを満たしたリオネルは、武人としてのたたずまいを見せて応答する。
「――承知」
そうして監視部屋にある伝声管を手に取った。
「弓を構えよッ!!」
久しぶりにこんな声を出した。腹から響く、命のやりとりを知る者だけが発せられる声。
別の部屋にいるスケルトンたちの動きが機敏になる。
「……え?」
ボスである迷宮主は、突然のリオネルの変化についていけず、ぽかんとしている。
それもそのはず。
ここまでスケルトンの練度を上げていることはボスには話していないからだ。訓練だって、基本的にボスが寝ているときにのみ行っていたし。
「第八弓兵隊、第九弓兵隊、戦闘準備!! 第二歩兵隊、第八歩兵隊、突撃準備!!」
武器を構えたスケルトンたちが戦闘準備に入っていく。
『弓兵隊、戦闘準備完了』
『歩兵隊、戦闘準備完了』
響いてくるスケルトンたちの声――これはボスには聞こえない。
「射撃窓、開けェッ!」
『射撃窓、開放完了』
「弓兵、狙えッ!! 用意――」
あんぐりと口を開けているボスの前で、リオネルは命じる。
「撃てェェエエエッ!!」
――――――――――
*迷宮主*
――――――――――
「撃てェェエエエッ!!」
とリオネルが叫んだ瞬間、雨のように矢が降り注いだ。山賊どもがばたばたと倒れていく。
豹変したリオネルとスケルトンたちを唖然として見つめていた俺だったけども、ようやく我に返った。
「歩兵二部隊、突撃ィッ!!」
リオネルの声が発せられた直後、眼下の山腹からぼこっと土煙が上がり穴が開いた。
金属剣と金属盾を構えたスケルトンたちが、砂利の斜面を滑り降りながら山賊に襲いかかる――金属、と漠然と言っているのは純粋に鉄だけで造るには所有量が足りなかったせいだ。ていうか剣にふさわしい金属組成なんて全ッ然わからないから適当に組み合わせて適当に造った装備である。
だが、
「ぎやああああ!?」
「いでぇっ、いでええよぉぉ」
切っ先はキンキンにとんがらせている。どんな金属かわからないというだけで殺傷能力が下がるわけじゃない。
ていうか、俺が造った武器、使いこなせてるじゃん!?
その弓矢とか、弓弦を造る材料がないから筒にバネを仕込んで石の矢を飛ばしてるんだよな。だから、「射抜く」というより「重力で速度を増している」という感じ。
それでも先端が尖っていれば肌に突き刺さる。
弓兵と言っていいのかはわからんけど、他に名称を知らないから弓兵という扱いになっている。
「てめえらッ、雑魚スケルトンどもに後れをとるんじゃねえ!」
山賊を率いているらしい男が一喝する。毛皮のベストを着込んだオッサンだ。
その声で残りの山賊が息を吹き返す。こちらのスケルトンも削られていく。
「第二射用意ィッ!」
「お、おい、リオネル! リオネル! このまま撃ったら骨にも当たるぞ!」
リオネルは、動じない。
「当然です。当たります」
「ふぁ!? 骨は矢に当たっても平気なのか!?」
「……え? 平気なわけないでしょう?」
「ふぁ!?」
なにこいつ「当然」みたいな表情なの? あ、スケルトンだし表情なかったわ――じゃねえよ!
「ダメだろ、それじゃ! 味方に殺されるなんて!」
「もう死んでますし」
「そうじゃねーよ!」
「え、だって、ボスが魔力入れたら復活しますが、ひょっとして魔力切れですか?」
「……………………あっ」
そそそそそうだったぁ~~~~あいつらすぐ復活するんだったぁ~~~~。
勘違い恥ずかしい! 恥ずかしすぎる!
「ボス?」
「……第二射いっちゃって……」
「第二射撃てェェエエエッ!!」
雨あられと降り注ぐ矢。
魔族の子どもの前には骨が立ちふさがり、矢を盾で防いでいる。
「ぐぞぉぉぉいでぇぇええ!」
「た、助けてくれぇっ」
「チッ――逃げるぞ、野郎ども!!」
さすがにこれには懲りたのか、山賊どもが撤退を始める。
満足に立っているのは十人を切っており、動けない仲間を放置して逃げていく。
「ボス、追撃しますか? これから夜ですし、しっかり追えますよ」
「…………」
俺はちょっと考えて、
「生き残ってるヤツをふん縛れ。あとは追わなくていい」
「……え?」
「わからないか、リオネルよ。山賊は仲間を助けるほど殊勝な連中じゃない。それなら明日にでも乗合馬車が通りがかって、死んだ正規兵とケガをした山賊を発見し、大騒ぎになるだろ。怒りの矛先は山賊に向くはずだ」
「それはまぁ、そうでしょうけど……」
「いいか、俺の狙いはここからだ。その次には多くの人間――特に公的機関が出張ってくるだろう。注目度アップだ。人が大量に来るタイミングで、ダンジョンをお披露目しようってワケ! どう!? 今考えたにしては俺めっちゃ冴えてない!?」
「えっといや……」
「なに? なんか見落としてるか、俺?」
「そうじゃないんですが……」
リオネルは言いにくそうに、
「縛るためのロープがないっす」
結果から言うとロープはあった。正規兵が持っていたのだ。
いやー、迷宮魔法はメチャクチャ便利ではあるんだけど、ロープみたいに柔らかいのは作れない。草の分子組成とかわかんなくね? 草は草だよな? 草は生えるもんだ。アルケミーしちゃう感じのアレじゃないわ。
そう、迷宮魔法は万能じゃない……機械的なものには強いけど、柔らかいものや食事を作ろうとしてもできないというデメリットがある。俺がバカなんだろとかいうツッコミはナシな。日本時代の記憶はないがきっと文系であることは間違いない。
ロープで縛られた山賊と、山賊や正規兵の死体がいくつも転がっている街道。
俺は……リオネルに命令した。連中を殺せと。正確には「子どもを救え」だけど、結果的に山賊を殺すことになることはわかっていた。
禁忌を犯したような気持ちは少しだけある……けど、思ったほどじゃなかった。ひょっとしたら現実味がまだないのか。あるいはこれもまた迷宮主としての精神作用なのか。
ま、いいか。
俺の心が平和ならそれに越したことはない。
「――さて、そんでまぁこの子だけども」
広い一室に運ばれてきた魔族の子。
腰高の台を俺が造ってそこに寝かせてある。なんとなく、ロープとともに仕入れたゴザを敷いているので、死体の検分みたくなってる。
金髪。こめかみに巻き角。肌は紫っぽい。
ものすごい美少女で……ということはなくて、ふつうに少年である。少年だよな? おにん○んついてるよな? ニンニンって言ってもハッ○リくんではない。むしろこの場合獅○丸のほうである。ちくわ的な意味で。
……話がずれた。俺、下ネタ好きってワケじゃないんだが、これじゃあ単なる下世話なオッサンじゃねーか。
んでこの子。人間でいうなら十歳くらい。生意気盛りの年頃である。
悪魔の子ども――魔族、という。
人間に姿形は似ているが、人間と敵対している存在なんだとか。
「殴られて気絶してますけど、命に別状はないですね」
「なんかやつれてるように見えるが」
「……あんまり、まともな食事を与えられていなかったのではないでしょうか」
「そうか」
やっぱり怒りが湧いてくる。小さい子を傷つけるやつはクズだ。子どもは神聖不可侵であるべきだ。……いや、俺がペドフィリアってわけじゃないぞ? ロリコンでもないぞ?
「ボスってロリ……」
「それ以上言ったらお前を地中に還す」
「承知」
承知、じゃねーよ。
「そういやリオネル。なんであんなに生き生きと命令してた?」
「死んでますけども」
「そういう意味じゃねーから。わかってて聞くなよ」
「えぇと、なんて言うんですかね……私、どうも武人だったようで」
「ふーん……」
どうも武人。
ワケわからん。記憶ないんじゃないの?
まあリオネルがワケわからんのは今に始まったことじゃない。
「で、骨どもを鍛えてたのか」
「一通りの訓練を。このダンジョンではなにがあるかわかりませんからな。あっはははは」
他の骨どももカタカタ笑う。……今、なにかおかしい要素あった? 骨ジョークなの?
「……ボス、ひょっとして自分がとんでもないことやらかそうとしているという自覚はないんですか?」
「え、魔族の子ども拾ったのってまずかった?」
「そっちじゃなくて公開プラン……いや、もういいです。ボスがワケわからんのは今に始まったことじゃないですし」
その言葉、そっくりそのままお前に返すっつーの。
「……ん、うぅ」
「お、子どもが目を覚ましたぞ」
俺たちはぞろぞろと子どもをのぞきこんだ。
「……ここ、どこ……!?」
「あ、ボス。明かりがないから見えないんですよ」
「そうだった」
俺はさくっとランプ(トラップ)を精製して手元に取り出した。
「やあ、災難だったね。ここは俺の迷宮――」
「っぎやああああああ!?」
子ども、あぶくを噴いて気絶。
「……え?」
俺、リオネルを見る。
リオネル、肩をすくめる。
骨ども、肩をすくめる。
「……やっちまった」
そりゃそうだ。
目が覚めたら骨に囲まれて、しかもランプの明かりを持った俺はぼろきれを纏った、なまっちろい人間。
ホラーだわ。
「お、お前ら何者だッ! ア――俺に手を出したらどうなるかわかってんだろうな! 俺の父ちゃんはすっげー怖い悪魔なんだぞ!」
もう一度目が覚めた子ども悪魔はそりゃもうすごい剣幕で言ってきた。
骨どもは待避させているし、部屋も十分明るくしておいたし、俺は五メートルの距離を保っている。
「あ、大丈夫。安心しろって言っても難しいかもしれないけど、俺は敵じゃないから」
「……敵じゃない? ほんとうかよ」
「ほんとう」
「証明できんのかよ!」
「うーん……」
俺、ちらっと子ども悪魔を見やる。股間とか。
「お漏らししたこと、黙っててやるから」
「!?」
目をまん丸に見開いて、股間を見て、ぐっしょり濡れていることに気づく。
顔が真っ赤になる――ほう、紫の顔でも顔が赤くなるのはわかるんだな。
涙目になってぷるぷるしてる。
眼の色も紫、アメジストみたいだ。まあ今は濡れてるアメジストだけど。
「こっ、これはお漏らしなんかじゃねーよ!」
「わかった。わかった。誰にも言わないから」
「お前は信用できない!」
「まあ、信用しないでくれてもいいよ」
「なんだって!?」
「君が助かった。それでいい。お礼を言われたいワケじゃないし」
自己満足だ。そのためにこちらがなにかを失った、ということもない。壊れた骨どもも回収して魔力を込めたら復活したし。「あ、どもども」って感じで。軽すぎんだよ、あいつらのノリ。
「それで、帰るアテはあるのか? 送っていきたいのは山々だけど、俺はちょっとした事情でここから離れられない。骨ならつけてやれるけど……もしそうするなら移動は夜にしてもらいたいかな」
魔族の少年が骨どもを連れて歩いてたら、もうこれ魔族による人間侵略だよな。
「……お、お前なんなんだよ」
「ん?」
「人間だろ?」
ああ、人間に見えるのか。迷宮主ってすぐにわかるんじゃないんだな。
「俺は……魔族なんだぞ」
「みたいだね」
「そうか。お前はアレだな。洞窟の奥に住んで、他人には言えないヤバイ研究やってるヤツだろ」
俺知ってる。それマッドサイエンティスト。
「違うから」
「じゃ、じゃあなんで俺を見ても驚かないんだよ! びびらないんだよ!」
「魔族とか人間とか、たいして違わない」
「は?」
心底わからない、というふうに少年が口をマヌケに開ける。
だってそうだろ?
俺、もはや人間じゃなくて迷宮主だし。
そもそも人間だって誰かを奴隷にして人権を無視するのなら、そいつだってもう人間辞めちゃってると思わない?
「ま、いいじゃないか。帰りたいなら帰っていい。ここのことを言いたければ言いふらしてくれて構わない」
「はぁ? 言いふらしていいのかよ?」
言いふらしてくれていいんだよ。むしろ人を呼びたいくらいだから。
「お前、マジでなんなの?」
「君のことを詮索しないから、君もこっちを詮索しない。俺は自己満足で君を救っただけ」
「……ふーん」
「それじゃ、帰る?」
と俺が言ったところで、ぐるるるるる……と少年の腹が鳴った。
「こっ、これはだな、俺が魔法を使うときの予備動作で……!」
「兵士たちが持ってた食料なら確保しておいたから食べれば?」
「食う!」
死んだ正規兵たちはパンやチーズ、ワインにリンゴ(のような果実)といったものをいくらか持っていた。とはいえ五人で食ったら三日も保たなさそうな量だ。少年一人なら二週間はいけるかな?
俺も食べたかった……でもな、俺には空腹無視があるから……もしもこの子が腹を空かせていたらと思うと、手をつけられなかった。街に行くにしても食料は必要だろ?
少年はパンにがっついている。水は、地下水が出るところが迷宮内に何か所もあるので骨に運ばせてあった。
「美味いか?」
「うん! ……あ」
「?」
子どもらしく無邪気に食っていた彼は手を止めて俺を見る。
「お前は……食べないのか?」
「俺は餓えていないからな」
ウソです。めっちゃ食べ物食いたいです。
「まさかこれ、変な薬が入ってんじゃねーだろーな!? うっわ、俺食っちゃったよ!?」
いい加減、マッドサイエンティストの妄想から離れましょうよ、ね?
「ぷはー……食った」
「それはもういい食いっぷりだったな」
あった食料の三分の一くらい食った。食欲旺盛。若さってすごい。
さっきのゴザ敷いた台に食い残しが散らかっている。
「じゃ、帰るか? 食料持っていっていいし」
「……お前、俺を帰らせようとしてる。やっぱ怪しいなー」
「そういうのいいから。むしろ怪しいならここを離れたほうがいいだろ」
「…………」
「ちょっと? 君?」
「……キミキミうるせーよ。……アタシ、には、ちゃんと……ミリアって名前が……」
すぴー。
ゴザに転がって寝やがった。
食うだけ食って満足して寝るとはやはり子ども。いやどっちかっていうと、犬?
「……っつか」
俺氏、妙なことに気づいた。
この少年悪魔、ミリアって言ったよな? それに今「アタシ」って……。
「女の子の名前ですねえ」
「いきなり後ろから出てくるんじゃねえよリオネル」
フッ、と耳に息を吹きかけられそうな距離にリオネルが現れやがった。
だよな、この名前。
女の子なのか……?
「うむむ」
仰向けになってすぴーすぴーしているミリア。
シャツを通して、その胸は……ちょっとだけふくらんでいる。
「そりゃ、私はボスのそばにいますよ。じゃないと戦闘力皆無のボスが危ないでしょ?」
「真実は時に人を傷つけるんだぞ」
「ボスは人じゃなくて迷宮主、むしろモンスターでは……?」
「そういうとこォ!」
って、こいつとおしゃべりしてる場合じゃなかった。
「どうすっかな……ウチのダンジョンにベッドとかないんだが」
ふつうのダンジョンにはベッドなんてないんだろうけど。
まぁ、なんか作るか。
「ふーむ……いや、まぁ止めとくか。どうせそのうち出て行くんだろうし……」
「へえー」
「……なんだよ、その反応は。ちょっとイラッときたんだが」
「いえいえ、このミリアって子もこのダンジョンに残ることになるんじゃないかなぁって思いましてね」
「ならんよ。大体、この子に食わせるものがないし」
「え、でもボス、ダンジョンの公開で、食事を手に入れようとしてますよね?」
「…………」
確かに?
「いや、でもなぁ、魔族だしなぁ」
「さっきは魔族だからって差別しないって言ってたのに!」
「差別じゃなくて。生き方とか考え方とか、しきたりとか、どういう職業があってどういう社会があってとか、よくわかんねーのよ。リオネルはわかるのか?」
「…………」
白骨は腕組みをしてから、
「……やっぱり出て行ってもらいましょ」
清々しいほど簡単に厄介払いしようとするじゃねーかこいつ。
とは言え、ふつうの対応だと思うんだよ。このダンジョンに残るってことは俺が子育てするってことだぞ? 無理無理!
薄情に見えるかもしれないけど中途半端に責任を負うくらいなら、元いた社会に帰してやったほうがいいに決まってる。
すぴーすぴーと寝息を立てて眠っているミリアの頬に、食べかすがついている。
しょうがねーヤツだな……いきなり転がり込んできて、食い散らかして。
「ボス。この子なんですけど、さっき運んできたスケルトンたちから報告があって……。魔族は魔族なんですけど、ただの魔族ではないみたいなんですよね」
「ん? ただの魔族じゃないって?」
「私がボスのそばで監視しておこうと思ったことにもつながるんですが、特別な魔力があって――あ、ああっ!?」
俺はミリアの頬についていた食べかすを、親指の腹で拭ってやった――ときだった。
「触っちゃダメです、ボス!」
お前。
リオネル。
あのな、そういう大事なことは、なによりも先に報告しろよ――。
「――うぐっ」
親指の先からなにかがするりと入り込んできたかと思うと、俺の視界はぐらぐら揺れて、すさまじい悪寒が走るや、吐き気とともに俺は意識を失ったのだった。