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幸運の初期値が異常に高かった高校生が、缶詰ガチャで手に入れたスキルを使って現代ダンジョンで最強になる物語 1
著者:時野洋輔 イラスト:さす
プロローグ
そこに入るための行列に並ぶこと二時間。そして決して安いとは思えない入場料を支払い、中に入っても人、人、人。
そこは大阪の梅田地下街のさらに地下にあるダンジョンだった。
十年前、突如として異世界から「ダンポン」という生物が現れた。
ダンポンは各国の首脳と交渉し世界中にダンジョンを生成。人々をダンジョンに誘った。
魔物との死闘、財宝の発見、そしてレベルアップによる成長。
まるでゲームのような、なんと夢のある言葉だろうか?
有名配信者が魔物を倒す動画は毎回百万回再生を突破し、さらにトップランカーと呼ばれる攻略者はその動画収入を全額寄付してもありあまるほどの財をダンジョンから得ている。
ダンジョン攻略は一種のスポーツ競技とされ、これまで高収入のスポーツといえばサッカー、バスケ、ゴルフ、テニス、日本だと野球だったが、いまではダンジョン攻略者が高収入ランキングベスト10を独占している。
そんな夢溢れるはずのダンジョンだったのだが─
「これってダンジョン攻略っていうのか?」
俺、壱野泰良は初めて潜ったダンジョンの中、ブルーシートの上で周囲を見る。
探索者には前から興味があったが、知識も経験もゼロに等しい。それでも、ニュースとかで見るダンジョン探索は、こう、なんというかもっと派手だった気がする。
「贅沢言うな。レベル1のなんのコネもない探索者はだいたいこんなものだ。探索者希望以外も来ているらしいからな。有用なスキルを覚えたら就職にも有利だし」
俺の愚痴に、一緒にダンジョンに来た友だちの青木が答える。
口は悪いが、顔は母性本能をくすぐる童顔というギャップありの十八歳だ。たぶん女装させたら天下を取れると思う。
青木の言う通り探索者志望以外にも人はいる。例えば近くには、明らかにサラリーマンっぽい人もいるくらいだ。
魔物を倒したらレベルが上がる。レベルが上がるとステータスが伸びるだけでなく、極稀にスキルを覚えることがある。戦いに役立つスキルがほとんどだが、「翻訳」「鑑定」「即席料理」といった日常にも使えるようなスキルも存在するらしい。戦いに関するスキルはダンジョンの外だと大きな制約を受けるのだが、しかし非戦闘スキルならダンジョンの外でも普通に使えることが多く、そういうスキルを求めてダンジョンにやってくる人間も結構いる。
だから、ダンジョンはとにかく人が多い。
俺は現在、ブルーシートの上に座り、スライムが湧くのを待っている。
かつてダンジョンの一階層では、誰かが戦っている魔物を奪う「横殴り」と呼ばれる問題が横行し、それが元で多くの事件も起きたのだが、最近だと、こうして並べられたブルーシートの上に座り、そのブルーシートの上に現れた魔物だけを倒す権利が与えられるシステムだ。魔物を探すという行為は必要ない。
ブルーシートの境界線に魔物が現れた場合は、魔物が移動してきたほうに倒す権利が与えられる。
「これなら石舞台ダンジョンに遠征したほうが効率いいんじゃないか?」
「あそこは押野グループが買収して、ホテルの宿泊者専用ダンジョンになったぞ。最低一泊百五十万円。三年先まで予約が埋まってるらしい」
「げっ、マジかよ」
俺はそう言ってため息をついた。
そのとき、目の前が青く光り、そこから現れたのは青いスライムだった。
目も鼻も口もない、まるで大きなグミみたいな見た目の魔物だ。
突然のことに一瞬驚き、反射的に入り口で借りた棍棒を振り下ろす。
ゴキブリを見つけたときに便所スリッパを振り下ろすような感覚だ。
スライムはぐしゃって感じに潰れ、光の粒子となって消えた。
その場に残ったのはゲームセンターにありそうな黒色のメダル─Dメダルだ。
これを換金所に持っていけばお金に換えてくれる。なお黒は一枚五十円。
三十分待って五十円……時給に換算すると百円。
入場料として千円払っていて、制限時間は八時間のため、このままいけば二百円の赤字予想だ。
「低レベルのダンジョン攻略者は儲からないって言ってたけど、マジだよな」
「本当にな」
と俺のぼやきに同調した青木の前にもスライムが現れたので、彼も叩き潰した。
「レベル10になれば二階層に行けて、効率も多少はマシになるみたいだけど、その前に貯金がなくなりそうだ」
「レベル10になるのにスライム七千匹だっけ? 俺、何歳になってるんだろ」
その後、七時間経過して倒したスライムは十五匹。
まだレベルは1のままだ。
だいたい二十匹倒せばレベル2になるそうだが、今日中のレベルアップは難しいだろう。
と思っていたとき、目の前が光った。
またスライムだろうと思っていたら、現れたのはスライムではなく、宝箱だった。
突然のことに興奮するが、周りは特に騒いだりしない。
一階層の宝箱から出てくるものはほとんどがガラクタだからだ。
しかし、中には一階層の宝箱に高性能なアクセサリーが入っていて、数百万で売れたって話もある。
「開けてみろよ」
「ああ─レアアイテムこい!」
俺は宝箱を開けた。
中に入っていたのは缶だった。
真っ黒な円柱状の缶。
大きさは桃缶より少し大きいくらい。
金属でできていると思う。
取り出すと、宝箱は死んだ魔物のように消えてなくなった。
「D缶じゃないか」
青木が缶を見て言う。
「D缶ってなんだ?」
「ダンジョン缶。特定の条件を満たせば開いて中のお宝が取り出せる缶だ。売れば千円にはなる。中身は開けてみるまでわからない」
「ゲームのガチャみたいなものか」
「実際に、缶詰ガチャなんて呼ぶ人もいるぞ」
千円貰えれば入場料は戻ってくるが、初めての宝箱のアイテムなので自分で使いたい。
軽いし振っても音がしない。空っぽじゃないかと思ったが、D缶は全部そういうものらしい。
開けてみるまでわからないってことか。
「自分で開けるよ─缶切り持ってる……わけないよな」
「普通の缶切りじゃ開かないって」
「缶切りじゃ無理って、プルタブもないしどうやって開けるんだ?」
普通の缶詰ならどこかに開封方法でも書いてありそうなものだが、これにはそういう情報は何一つ書かれていない。
「わからん」
「え?」
「どうやって開くかはわからない。魔物を倒したときに開いたとか、十年持っていたら開いたとか噂はあるが、D缶が開く条件はひとつひとつ異なる。とあるコレクターはD缶を百万個以上持っていたらしいが、開いた缶はそのうち百個とからしい。D缶は中身もバラバラで、ドラゴンの卵が入っていたという話もあれば、ツナが入ってたって話もある」
「ツナって本当に缶詰じゃねぇかっ!?」
「そういうもんだ。売ったほうがいいと思うぞ」
青木はそう言うけれど─目の前の缶を見る。
もしかしたら開けられるかもって思ってしまう。
「とりあえず持って帰るよ。売るのはいつでもできるし」
「そうか。まぁ、あんまり固執するなよ。D缶を開けようとして人生狂った奴は大勢いるからな」
「わかった」
と言ったところで、俺たちのダンジョン探索(?)の初日は終わった。
そして帰りの電車の中で、青木が言う。
「壱野。俺、ダンジョン探索者になるのやめるわ」
「まぁ、金もかかるし時間もかかるからな……でも、お前、十八歳になったらダンジョン探索者になるって子どもの頃からの夢だったじゃ……」
「やってみてわかったんだが、俺、スマホ無しで八時間とかマジで耐えられん」
そういえば、青木はスマホ依存症だったと思い出す。
学校の休み時間もほとんどスマホで動画見ていたし、小説や漫画も全部電子書籍派だし、スマホ用のモバイルバッテリーも常に持ち歩いている。
ダンジョン内に、電子機器、危険物、薬などを持ち込むことはできない(ダンジョン内で見つかったものは除く)。
持ち込もうとしてもダンジョン入り口の結界に弾かれてしまうからだ。
「あ、このメダル、いつでもいいから換金しておいてくれ」
「わかった……先に、金払うよ」
Dメダルの換金所はどこも平均一時間の行列だ。そのため、だいたいの探索者は一度のダンジョン攻略では換金せずに数日分纏めて換金する。
俺は黒コイン十六枚分─八百円を青木に渡した。
Dメダルの個人間の売買は禁止だが、この程度は容認されている。
結局、この日はせっかく市内に来たのだからと「ビクローおじさんのチーズケーキ」を買って電車に乗り、家に
帰った。
母さんに、ダンジョン探索の愚痴をこぼし、自室のベッドに横になった。
鞄から取り出したのはD缶。
「ツナにドラゴンの卵か」
ドラゴンの卵なんて出てきた日には数十億円から数百億円で取引される。税金で半分以上取られても人生何周も遊んで暮らせるだろう。
「ステータスオープン」
俺は天井の照明に向かってそう叫ぶ。
壱野泰良:レベル1
換金額:0D(ランキング:-)
体力:15/15
魔力:0/0
攻撃:3
防御:2
技術:5
俊敏:3
幸運:100
スキル:無
すると、このような画面が目の前に浮かび上がる。
ダンジョンに一度入ると、誰もがこのような自分のステータスを見ることができるようになる。他人に見せることはできない。
ステータスが高い低いはわからないが、たぶん凡人のステータスだと思う。
幸運値は最初、100固定だろうか?
簡易解説サイトによると、幸運値が高ければ、ドロップアイテムの出現率が増えたり、確率で発動するスキルなどで効果が出やすくなるらしい。ただし、僅かな違いでしかなく誤差の範囲だって書いてあったから、あんまり気にしなくてもいいのだろう。
Dメダルは換金額に応じてデータが纏められ、それによってランキングも作成される。
トップランカーは一日で何千万、何億も稼ぐという。夢のある世界だ。
しかし、凡人には遠く及ばない夢のようだ。
ダンジョンの多くは『安全マージン』が用意されていて、特に日本国内のダンジョンはほぼすべて、確実に倒せる強さの魔物が出る階層までしか行くことができない。一攫千金を夢見て、危ない階層に行くことはできないのだ。
だから、低レベルのうちは低階層でしか戦えない。
しかし、低階層は人が多く、特に入場料が安いダンジョンは今日みたいに満員御礼状態。
さっき青木に奈良の石舞台ダンジョンの話をしたけれど、インターネットの情報サイトで見たところ、やっぱりホテルの宿泊客以外入れないらしい。
もっと効率よく経験値を稼ぎたい。
「俺専用のダンジョンがあればなぁ……」
企業ならともかく、ダンジョンを個人で所有している話は聞いたことがない。
「ん?」
突然、持っていたD缶が光り出し、缶の蓋が開いたっ!?
なんで? いや、そんなのどうでもいい!
俺はその中身を見た。
「……え?」
そこにあったのは……真っ赤なガラス玉? もしかして宝石か? ルビーかな? と期待しながら手に持ったのだが、この触感がそれを違うと告げていた。
においを嗅いでみて予想が確信に変わる。
間違いない、これ、飴玉だ。
ツナ缶じゃなくて、ドロップ缶かよっ! しかも一粒って。
「これが本当のドロップアイテム……ってうまいこと言ってるつもりかよっ!」
でも、もしかして─という興味から、俺はネットで検索をかける。
【D缶 飴玉】
検索結果55,100件。
ん? D缶から飴玉が出るのは普通なのか? って思って見たら、D缶そっくりの缶詰に入ったドロップ飴が大阪で有名な製菓会社から発売しているらしい。そういえばCMで見たような気がする。
その検索結果のせいで、D缶から飴玉が出たという情報が見つかりにくい。
そんな中、ある掲示板のスレを見つけた。
【D缶から出た飴玉を舐めたらスキルを覚えたんだが質問ある?】
1:名無しの探索者
ある?
2:名無しの探索者
>>1
嘘乙
3:名無しの探索者
俺も覚えた、NTRってスキル
そしたら彼女がいなくなった
4:名無しの探索者
>>3
イマジナリー彼女が消失したのか
5:名無しの探索者
>>3
彼女ならいま俺の隣にいるよ
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
……うん、酷い。
この情報を元に、【D缶 飴玉 スキル】で検索しても、やっぱりまともな情報は出てこない。
だったら、飴玉を鑑定してもらうか?
いや、こういうアイテムの鑑定費用五千円が相場で、高校生の俺にとっては結構な大金だ。
五千円払って、「ただの飴玉ですね」って言われた日には立ち直れない。
「男は度胸」
俺は飴玉を舐めることにした。
徐々に舐めて溶かしていく。
イチゴ味だ。
いつもの癖で飴玉を噛みそうになるのを我慢し、さっきの掲示板では『舐めたら』って書いてあったのでそれを信じて舐め続ける。
舐め終わったが、特に変化はない。
やっぱりただの飴玉だったのだろうか。
肩を落としながら、念のためにステータスを確認すると最後にある文字が浮かんでいた。
【スキル:PD生成】
「─っ!? スキルが増えてる」
PD生成?
くそ、これじゃわからない。なんだ、PDって、プレイリードッグか?
ネットで纏められている現在発見されているスキル一覧から探すも、そんなスキルはない。
スキルの使い方は二種類。
パッシブスキル─自動的に発動するスキルと、アクティブスキル─能動的に発動させるもの。
発動させてみようと思って手を前にかざすが─
怖くなったので庭に移動して試してみる。
「PD生成!」
ダンジョンの外で発動するスキルかはわからないけど、とりあえず手を前に出してそう言った。
「え?」
目の前に地下に続く階段が現れた。
俺が驚き呆けていると、
「泰良、庭で何してるの?」
母さんがサンダルを履いて庭に出てきた。
「え? いや、これは─」
やばい、勝手に庭に階段なんて作ってしまって怒られる。
と思ったら、母さんは階段に気付いていないのか真っすぐ俺のほうに、階段のあるほうに近付いてくる。
「母さん、危ない!」
「危ないって何が?」
母さんは階段の上を歩いて俺に近付いてきた。
宙に浮かんでる?
「母さん、下」
「下って、どうしたの?」
母さんが自分の足下を見る。
「何もないじゃない」
それは、地面がないという意味じゃない。
なんの変哲もない地面があるという意味で言っているのだろう。
母さんには階段が見えていないようだった。
「もう夜も遅いんだし早く寝なさいよ」
「わ、わかった」
部屋に戻っていく母さんを見送り、俺は息をのんでその地下への階段に足を踏み入れる。
母さんみたいに俺も入れないんじゃないかと思ったが、すんなり一段下りることができた。
そして、地下に降りようとしたとき、持っていたスマホが弾かれた。
スマホを持って入れない結界がある。
「……これ、もしかしてダンジョンか?」
そして俺はようやくPDの意味に辿り着く。
俺にしか見えていないダンジョン─PDだ。
第一章 俺専用のダンジョンを手に入れた
俺は一度玄関に戻り、スマホを下駄箱の上に置いて、
「ちょっとジョギングしてくる」
と母さんに嘘を吐いて庭に行き、スキルにより作られた階段を下りていく。
ゆっくり歩いて行くと、そこには換金所があった。
「いらっしゃいませなのです」
そこにいたのは普通の換金所の職員ではなく、目と口だけがある三〇センチほどのマシュマロだった。
異世界生命体ダンポン。
彼らが世界中のダンジョンを生み出した張本人だ。
いまでは換金所の奥に引っ込んであまり見ることはなくなったが、ダンジョンができた当初はいろいろなメディアに引っ張りだこだった。
ダンポンはメディアを通じていろいろなダンジョンの秘宝を紹介した。薬だけでも、痩せる薬、髪の毛が生えてくる薬、病気を治す薬と様々だ。
ダンポンたちはその薬を政府や各国の要人、大富豪たちに売り大金を得ている。そうして獲得した現金は、冒険者が持ち込んだアイテムやDメダルとの交換用として、各ダンジョンの換金所にストックされる。
Dメダルが換金所で現金に換えられるのはそういう理由だ。
「PD─プライベートダンジョンへようこそなのです」
ダンポンは気の抜けるようなカワイイ声で言った。
やっぱりPDはプライベートダンジョンの略で正解のようだ。
「お客様は初めてなのですね? PDの説明は必要なのです?」
「お願いします」
「はいなのです。PDは、ソロ専用、つまりあなた専用のダンジョンなのです。通常の方法で他の人が入ることはできないのです。次に、PDの中は外に比べ一〇〇分の一の時間しか流れないのです。ここに一年間いても、外の世界では三日と半日程度しか経過していないのです。それに伴い、肉体の成長、老化も一〇〇分の一しか進まないので安心してほしいのです。あ、レベルは普通に上がるのですよ」
時間の流れが変わる。完全に停止するわけじゃない。
これってかなり重要なことだな。しっかり覚えて、帰ってからメモを取っておこう。
「次に、PDを生成する際の注意なのですが、半径五〇〇メートル以内に他のダンジョンがあると、中で繋がってしまう可能性があるのです。その場合、こちらから他のダンジョンの中に入ることは可能なのですが、他のダンジョンからPDに直接戻ることはできないのです。他のダンジョンに移動した瞬間に時間の流れは通常に戻ってしまうので、そちらも注意が必要なのです。それと、PDは二か所以上同時に開くことはできないのでこちらも注意してほしいのです」
「理解しました」
この辺りはダンジョンがないから問題ないな。
「ダンジョンはどこにでも作ることができるのですか?」
「作ることができる場所は、入り口となる階段が造れるくらいに広くてダンジョンの真上とダンジョンの中以外ならどこでも可能なのです」
この場合、地下に別の部屋があったらどうなるんだって疑問があるかもしれないが、そもそもダンジョンは本当に地面の下にあるわけではなく、異空間であるから問題ないらしい。
「次に、PDは実際に行ったことのあるダンジョンの階層の情報を元にしか生成することができないのです。お客様は梅田ダンジョンの一階層以外に行ったことがないので、そこから派生するダンジョンしか生成できないのですよ」
それは少し面倒だが、逆に言えば安全マージンは確保されているってことだよな。
PDに潜って、いきなりドラゴンに遭遇する─なんてことはないわけか。
「最後に、プライベートダンジョンでは魔物や宝箱の発生頻度を調整することが可能なのです。調整できるのはこの部屋のみとなりますのでご注意ください」
「設定の変更? 宝箱が山ほど湧く部屋も可能ってことか?」
「いえ、宝箱と魔物の発生頻度は連動していますので、宝箱だけというのは不可能なのです。湧く頻度も通常の五倍までになっているのです」
梅田ダンジョンに出るスライムだったら棍棒一撃で倒せる。
五倍の量が現れても平気だろう。
「武器のレンタルはしてますか?」
「当店ではレンタルではなく販売のみとなっているのです」
そういえば、梅田ダンジョンで武器を貸してくれるのはダンジョンの経営者で、ダンポンは携わっていなかった。
「棍棒はいくら?」
「10Dなのです」
「D? ってDメダル?」
俺は黒いDメダルを見せる。
換金所もあるかもしれないと思って持ってきた。
「はい。そちら十枚で販売しているのです」
「黒いコイン十枚……五百円か。逆にDメダルの換金はできますか?」
「生憎、このダンジョンは政府、企業との取引がないため、現金への換金は難しい状況なのです。他のダンジョンと繋げていただけましたら、そのダンジョンのダンポンと交渉し、融通することができますので、それ以降でお願いするのです」
ダンポン同士で取引とかもあるのか。
「説明は以上になるのですが、できることなら、Dメダルはある程度当店に預けてくれると嬉しいのです。持っているDメダルが少なすぎると、詳しくは言えないのですが個人的にちょっと困ったことになるのです」
「……はい、わかりました。全部とはいかないまでも、ある程度は預けます。これからダンジョンに潜ってみるので、魔物の湧く速度五倍でお願いします。それと棍棒も買わせてください」
「はい、お気を付けてください」
ダンポンから棍棒を買い、俺は礼を言ってダンジョンフロアに向かう。
金属の扉がある。
梅田ダンジョンでは開きっぱなしになっていたが、ここは閉じていた。
その扉を思いっきり押して中に入ると─
いきなりスライムがとびかかってきた。
「ひょっ」
恥ずかしい声を上げながら、俺は咄嗟に棍棒を振り下ろす。
スライムはその一撃で倒れ、Dメダルが落ちた。
梅田ダンジョンだと何時間も並び、さらに何十分も待たないと倒せなかったスライムがこうもあっさりと。
さらにダンジョンのあちこちにスライムがいた。
これが俺の求めていたダンジョンだ。
まるでスイカ割りのスイカのようにスライムを次々に倒していく。
そして─
壱野泰良:レベル2
換金額:10D(ランキング:10M〜〔JPN〕)
体力:17/17
魔力:0/0
攻撃:5
防御:4
技術:6
俊敏:4
幸運:103
スキル:PD生成
レベルアップしてる!
あと、棍棒を買った行為も換金とみなされるらしく、ランキングに載っていた。
日本ランキング一千万位より下ってことか。
確か、トップランカーになると、日本ランキングと世界ランキングが同時に出るって話だったが、俺にとっては縁のない話─いや、PDがあれば完全に縁がないとは言えないか。
とにかく、レベルを上げるぞ!
と思ったら宝箱を見つけた。
当然、中身を見る。
入っていたのは長い剣だった。
棍棒卒業といきたいが、装備できない。
適正レベルとか、剣術スキルの有無とかではない。
ダンジョンで手に入れた武器が刃渡り一五センチ以上の剣である場合、緊急時を除いて許可なく使用することを禁止するという法律が存在するからだ。
それを破った場合、ダンジョン内であっても銃刀法違反で逮捕される。
一度ダンジョンの入り口に持ち帰り、ダンジョンの管理者経由で「ダンジョン産銃砲刀剣類登録証」を入手しなくてはいけない。
プライベートダンジョンで見ている人間が誰もいない、地下なのでお天道様すら見ていないとは言っても、ルールは守らないと。
あと、持ち歩いていたらやっぱり重いので、一度それらを持って帰る。
帰ると、ダンポンがレトロな携帯ゲーム機で遊んでいた。
てか、手も足もないのに念動力で器用に操れるものだなぁ。
「コイ○ングが五百円? これは買いなのです」
ダンポンが呟いた。
……あぁ、うん、あのゲームやってるのか。
「あのぉ」
「あ、お客様、お帰りなさいなのです」
「ただいま。すぐ戻るけれど。この剣の所有申請できますか?」
「はい。二日ほど時間がかかるのですが可能なのです」
とダンポンがパソコンを取り出した。
剣の所有用の申請、パソコンでやるんだ。電源ケーブルだけでLANケーブルが繋がっていないってことは、この部屋Wi-Fi飛んでるんだ。ていうか電気があるのか?
俺はスマホやパソコンを持ち込めないけれど、ダンポンは持ち込めるらしい。それとも、ダンジョンで発掘されたのだろうか?
「武器の預かりは三本まで無料、剣の所有申請は20D必要なのです」
1Dは黒メダル一枚で、黒メダルは五十円で換金できるから千円ってところか。
黒メダルはスライムがいっぱい落としたので支払いは余裕だ。
剣を預かってもらうついでに、手に入れたDメダルも全部ダンポンに預け、ダンジョンに戻る。
さらにスライムを狩り続ける。
三時間くらい狩ったところで、レベル4になった。
そのとき、スライムが消えた後に残ったのは黒メダルと、一本の一升瓶だった。
「スライム酒か!」
スライムが穀物等を食べて体内で発酵させた……らしいお酒だ。
ドロップ率は驚異の〇・一パーセント─つまりスライム千匹に一本の割合で出る。
スライムのドロップアイテムの中では激レアだ。まぁ、しょせんはスライムなので値段はたかが知れているが、換金所の買い取り価格で三万円だったはず。
俺一人で独占できるんだ。
そりゃ数時間スライムばっかり倒せばスライム酒も出るよな。
「レベル10までスライム七千匹……スライム酒七本……二十一万円か」
思わず笑みが零れた。
ただ、今日は疲れたので、一度家に帰ることにした。
家に帰って玄関に戻ると、ちょうど父さんが帰ってきたところだ。
こんな時間までお仕事お疲れ様です─って思ったけれど、まだ夜の七時か。
ダンジョンの中にいたせいで時間の感覚がおかしいことになっている。
「ただいま、それともおかえりか? それで、ダンジョンはどうだったんだ?」
父さんが優しい口調で尋ねる。
「ぼちぼち……あ、これダンジョンで出たから飲んでいいよ」
「これ……スライム酒じゃないかっ! 売れば凄い額になるぞ」
うん、三万円は凄い額だ。
「いや、父さんから貰った小遣いで入ったダンジョンで手に入れたものだし」
「……ありがとう。大事に飾って、お前が二十歳になったら二人で開けて飲もうな」
まるで初任給で子どもからプレゼントを貰った親のような表情をしている。
いや、父さんからしたら同じような気持ちなのかもしれないが。
「大袈裟だって。欲しければまた取ってくるから。パーッと飲んじゃいなよ」
「また取ってくるって、そう簡単に─いや、そうだな。うん、そのときは頼む」
父さんはそう言うと「わかってるよ」という顔をして深く頷いた。
そして、家に帰ると─
「泰良、もう帰ったの? いま出て行ったばかりじゃない」
と母さんに呆れられた。
ジョギングに行って数分で帰ってきたように思われたのだろうな。
翌朝、少し早起きしてPDでスライム狩りをする。
レベル5になった。
とはいえ、レベルが上がるにつれて必要な経験値も増えていく。
集めたメダルを全部ダンポンに預けたところ、昨日の分と合わせて合計千二百八十一枚だった。三十枚は既に使っているので千三百十一枚集めていた計算だ。
レベル10になるためにスライムを七千匹倒す必要があるというから、あと約五千七百匹。
まだまだ先は長い。
一回のノルマを宝箱が出るまでと決めた。
棍棒の扱いにも慣れてきた。
少し疲れてきたらダンポンのいる部屋で休息をとる。
レベルが上がったお陰か、レベル上げを始める前に比べ、寝つきもよく疲労の回復が速い気がする。
昨日の夜、梅田ダンジョンの情報まとめサイトを読んでわかったのだが、宝箱はスライムを約五百匹倒すとダン
ジョン内のどこかに現れるらしい。
これは非常にわかりやすい指標になる。
時計もないし、スマホも持ち込めない、太陽の光も差し込まないダンジョンの中だと時間の感覚がおかしくなり、いくらでも籠ってしまう。なので宝箱が出るまでという目安はわかりやすい。
梅田ダンジョン一階層の広さは五メートル四方のブルーシートを並べて一万人収納可能って言っていたから、二五万平方メートル。だいたい甲子園球場六個分くらいだ。
真四角のダンジョンだったら宝箱が出ても見逃すことはないだろうけれど、結構入り組んでいる。体感ではかなり広い面積を歩いている気がする。
宝箱はどこに出てくるかわからないし、同じ場所で狩り続けたらスライム狩りの効率も落ちるから、常に歩き続けている。
梅田ダンジョンだと地図とか案内標識、スタッフがいるので迷うことはないが、PDでは地図も自分で覚えないといけない。
これは大変だ。
そう思いながらスライムを狩り続け、ようやく宝箱を見つけた。
今日の狩りはここまでだ。
ちなみに、中身は─
「水晶?」
紫色のクリスタルのようなものが入っていた。
値打ちものだろうか?
ダンジョンについては俺はそれほど詳しくない。あとでスマホで調べてみよう。
一度仮眠を取り、風呂に入ってから学校に向かう。
母さんに「なんであんな(短い時間の)ジョギングでこんなに汗をかくの?」って怪しまれたが適当に誤魔化した。
そして真面目に授業を受ける。PDの中で仮眠を取ったけれど、疲れは完全に取れていないのか少し眠い。あそこは寝袋も何もないからゆっくり眠れないんだよな。
それでもなんとか頑張り、昼休みになった。
青木と一緒に弁当を食べながら、昨日のダンジョン探索について話をした。
昨日、青木はダンジョン探索者をやめると言って、親からかなり怒られたらしい。
「なんでまた? 親御さん、ダンジョン探索者になるの反対してたんじゃなかったっけ?」
「ああ。説得するのにかなりかかった。でも昨日は、男が一度決めたことを簡単に翻すなって─殴られるかと思ったよ」
「そこは殴られなかったんだ」
「うちの親父、レベル32だぞ? さすがに自制できるって」
ダンジョン内のステータスはダンジョンの中でその真価が発揮されるが、ダンジョンの外でも少しは影響が出る。
レベル32といえばステータスもそこそこ高いだろう。
「親父さん、警察官だっけ? やっぱり警察官はレベル高いんだな」
ダンジョンができてダンジョン探索者が増えてから、その探索者による犯罪も増えたからな。取り押さえる警察官にもレベルが求められるようになった。
犯人が探索者なら、ダンジョンの奥に逃げ込むケースもあるし。
とはいえ、ダンジョンの外だとレベルによる恩恵は少なく、さすがに拳銃の弾を素手で受け止めるような凶悪犯はいまのところ現れていないが。
「じゃあ、探索者を続けるのか?」
「いまはバイトする。金をためてダンジョン留学する」
「ダンジョン留学って、かなり高いだろ? マジかよ」
「物価の安い国に行けば、それでも三百万くらいだな」
梅田ダンジョンのような場所でレベルを10に上げようと思ったらかなり時間がかかる。
それに安全マージンのことを考えると、人が少なくても何週間もかかる。
だが、海外のダンジョンの中には安全マージンのない、つまりレベル1でも深い階層に潜れるダンジョンがある。
その中で、安全に魔物を狩る方法が確立しているダンジョンに行って強制的にレベルを上げるための旅行のことをダンジョン留学と呼ぶ。
だいたい二週間でレベル15くらいになって帰ってこられるってわけだ。
「バイトって何をするんだ?」
「なに? アルバイトを探してるの?」
クラスメートの水野さんが声をかけてきた。
三つ編み眼鏡という昭和の学級委員長のような彼女は、
「アルバイトなら新聞配達はどう? 私もやってるけど、みんな優しいし、朝の運動にもなって一石二鳥だよ? 私、新聞配達始めてから学校に遅刻したことないし」
と定番のアルバイトを勧めてきた。
水野さん、新聞配達のバイトしてるのか。
「いや、俺朝は無理だ」
「だったらコンビニは? 私のバイト先で募集の貼り紙あったよ」
水野さん、コンビニでもバイトしてるのか。
「いやぁ、ダンジョン関係がいいな」
「だったら─」
と水野さんがあれこれバイトの紹介をしてくれる。
この人、どれだけバイトに詳しいんだろう?
青木にこれのことを聞こうと思っていたが失敗したかな。
宝箱の中にあった水晶について聞こうとしたら─
「ん? お前、配信クリスタルなんて買ったのかよ。高かっただろ?」
と青木が俺の水晶を見て言った。
「配信クリスタル?」
「違うのか? そう見えるが」
「それってなんだ?」
「知らないのかよ。ダンジョン内で配信するための道具だよ」
え? 普通ライブ配信とかってスマホや専用機材などを使って行うよな?
あ、そうか。ダンジョンは結界があるせいでそれらを持ち込むことができないんだった。
ダンポンはパソコンを使っていたが、あれは例外だろう。
だったらどうやってダンジョン内の配信をするのか?
俺がダンジョンについて調べ始めたのはつい最近のことなので知らなかったが、そのために使うのがこの配信クリスタルらしい。
「そのクリスタルは周囲からの映像情報をダンジョンの外に送ることができるんだ。動画配信だけでなくて、必要な情報を外部から送るのにも使える。メール……いや、ポケベルみたいに文字の情報の受信も可能なのがそのクリスタルだ。こう、壁に文字が映し出されるんだ」
スマホで動画配信用のクリスタルを検索した。
ダンジョン局主催のオークションで売られている。
……って高っ!?
平均落札価格十万円って。
「ダンジョン内だと結構出るんだが、それ以上に需要が高い─ってそうだ! 俺、ダンジョン映像編集者の資格を取る!」
「は? バイトはどうしたんだよ?」
「資格を取ったらダンジョン配信映像の編集のバイトも見つかるだろ? さっそく申し込むわ」
と行動力が神がかっている青木はさっそく講習を申し込んでいた。
俺も気になったので調べてみたが、受講料九万円とバカ高い。
よくこんなの躊躇いもなく申し込めるな。
「資格か……やっぱり資格があったほうが割りのいいアルバイトがあるのかなぁ……でもお金が」
と水野さんも資格について悩んでいた。
家に帰った俺は、さっそく庭のダンジョンに行った。
ダンポンはまだゲーム機で遊んでいた。
俺に気付いたので、
「こんにちは」
と挨拶をすると、
「こんにちはなのです」
とカワイイ声で挨拶を返してくれた。
そして預けていた棍棒を受け取り、スライムを倒しに行く。
泊まり込み(現実世界だと二十分ほど)で行う予定だ。
目標は三千匹─宝箱六個分。
今のペースで戦えば、一分で三匹くらい倒している。倒すときは一撃だが、探すのに時間がかかる。
一分で三匹なら二十時間で三千匹。
さすがに休憩を入れる必要もあるから、丸一日の作業だ。
スライム一匹につき黒コイン一枚、五十円。
三千匹なら十五万円か。
ただ、ダンポンとの約束でDメダルの換金はこのダンジョンで換金ができるようになるまではほどほどにと言われているので、それまではスライム酒が俺のメイン収入となる。
三千匹でスライム酒の期待値は三本か。
宝箱から配信用のクリスタルが出てくれたら二個目以降は売っていけばいいんだが、そう簡単には出ないだろうな。
宝箱一個目出るまでが長く感じる。
ようやく出た宝箱の中身はピンポン玉サイズの黒い魔石だった。魔石は日本政府が脱炭素エネルギーとして注目しているもので、最優先買い取り対象になっている。が、この魔石なら売っても五百円くらいにしかならないだろう。
しかし、この魔石のお陰で日本の電気代は非常に安くなった。
世界中の火力発電所の発電量が十年前に比べて一割未満になったっていうから凄い話だよな。
コインと魔石の色は黒→白→黄→赤→青→紫→銅→銀→金の順番で高くなる。
紫までは冠位十二階と同じ順番だ。
実は金色より上のメダルがあるそうだが、未だ発見には至っていない。
あくまで噂の話だが、金色の魔石だと同じ大きさのものが五百億円で売れるらしい。それだけ莫大なエネルギーを秘めているということだろう。
その後も宝箱から出るのは安い品やガラクタばかりだった。
むしろ価値があるのはスライム酒のほうか。
三千匹だと期待値では三本しか出ないはずのスライム酒が七本も出た。
確率の偏りに感謝だ。
さて、これをどうやって販売するか?
ダンジョンからのドロップアイテムを買い取ることができる業者は限られている。
普通のリサイクルショップで売ることはできない。
売れる場所は三種類。
①販売所で売る。
国から許可を貰っているダンジョンの商品を卸す場所だ。
ここに持っていけば、ダンジョンで手に入れたものならガラクタ以外だいたい買い取ってくれる。
ものによっては高価買取もある。
②ダンジョン局主催のオークションに出品する。
これは週に一度、いろんな場所で開催されているもので、値打ちものなどが取引されている。
通常買い取り価格の数十倍の値段がつくこともあれば、最低価格でも売れないことがある。
③換金所で売る。
これは最低価格での買い取りだ。
持ち運ぶのが面倒なガラクタなども買い取ってくれる。
なお、ここで売られたものはダンポン経由でオークションに出品される。
どれを選んでも、個人情報に紐づけされて収入が記録される(所得隠しはできない)のだが、販売所やオークションで売るときにスライム酒を何本も持っていけば、いったいどうやって入手したのか怪しまれる。
なので、一本は販売所で売って、それ以外はダンポン経由で売るのがいいと思う。
高校生だし、とりあえず数万円あれば十分だろう。
ということで、次の日の放課後、俺は電車に乗ってダンジョン販売所に行くことにした。
そこで、俺は思わぬ人と再会することになった。
薄いピンク色の髪をポニーテールにした少女がこちらを見て、驚いた声をあげる。
「え? 泰良?」
「…………え? ミルク?」
彼女は中学まで一緒の学校に通っていた牧野ミルクだ。ちなみに変わった名前だと思うが本名である。
高校は別なので疎遠になってしまったが。
「ミルク、なんだよ、その髪の色。高校デビュー?」
「違うわよ。染めてない。覚醒したの」
「え? マジで!?」
覚醒とは、魔力に目覚めることを言う。
十八歳近くになると、一万人に一人の確率で魔力に目覚め、魔法が使えるようになる。
そのときの魔力が強いと髪の色が本来とは異なる色になることがある。
レベルを上げても魔力が0な俺と違って、ミルクにはレベル1のときから魔力がある。いや、覚醒者の中には最初からレベルが高い人もいるから、レベル1とも限らないのか。
「まさかこんなところで会うなんてな」
「本当だね。地元だと家は近いのにほとんど会わないんだもん。え? 泰良、探索者になったの? そういえば四月生まれだもんね」
「ああ、一応な」
「ってことは青木も? たしか青木も同じくらいの誕生日だったよね?」
「あいつは探索者一日目で挫折した」
「あはは、青木らしいね」
ミルクが懐かしむように笑った。
昔はよく三人で一緒に遊んだもんな。
「ミルクももう十八歳になったのか?」
「私の誕生日覚えてないの? 五月五日って覚えやすいのに」
あ、そうだった。
女の子なのに端午の節句生まれって言っていたっけ。
てことは、まだどんな魔法が使えるかわからないのか。
ダンジョンに入らないと魔法は使えないし、一回ダンジョンに入らないとステータスが表示されない。
「ゴールデンウィークにね、私が十八歳になったお祝いを兼ねて、家族で石舞台ダンジョンに行くんだ」
うわぁ、石舞台ダンジョンって、確かホテルの宿泊者限定で一泊最低百五十万って言ってなかったか?
そこに家族全員で行くとか、さすがはお嬢様だ。
「だから、そこで使えるボウガンを買おうかなって」
「え? ダンジョンのボウガンってかなり高いんじゃなかった?」
「うん。私も値段見て驚いたよ。一番安いのでも、矢三十本込みで五百万円だって」
ダンジョンの中には地上の武器を持ち込めないし、ドロップアイテムや宝箱の中にも飛び道具は存在しない。
だったらボウガンは?
というと、なんとこれ、ダンジョン内の素材でできていて、しかもダンジョンの中で作られた武器なのだ。
ダンジョンの素材を加工できるのは鍛冶師だけなのだが、その鍛冶師になるために必要な鍛冶スキルを持っている人が非常に少なく、結果、とんでもない価格に跳ね上がっている。
「でも買ったんだろ?」
「うん、お父さんからカードを預かってるから」
とミルクはブラックカードを俺に見せた。
友だちがセレブすぎる件について。
「泰良は?」
「俺はこっち」
とスライム酒の酒瓶を取り出す。
「これ、お酒!? ダメだよ。成人したって言ってもお酒は二十歳になってから!」
「違うよ。売るほうだ」
「あ、ダンジョンで手に入れたんだ。スライム酒でしょ? うわ、宝くじに当たったくらいの幸運だね。泰良、昔からくじ引きよく当たっていたからやっぱり運がいいんだ」
「そこまで大袈裟じゃないって。あとくじ引きの話はしないでくれ、トラウマだから」
たった〇・一パーセントの話だろ?
と言って、俺はカウンターに持っていく。
「すみません、これの買い取りをお願いします」
「はい─え? これ、お客様が?」
「はい。ダンジョンでスライム倒して手に入れました」
「しょ、少々お待ちください」
店員さんが少し慌てた様子で店の奥に行き、代わりに出てきたのはモノクルを掛けた男。
「スライム酒ですね……これをここで買い取り? オークションに出されてはどうですか?」
「今すぐお金が欲しいんですよ。買い取れませんか?」
「買い取れないことはありません……一本約三十万円になりますがよろしいでしょうか?」
「え!? 一本三万円じゃないんですか?」
「それは換金所での通常買い取りの場合です。いまは品薄なので値段も高騰しております」
「へぇ、ラッキー。じゃあそれでお願いします」
品薄だから高騰か。
てことは、大量に持ち込んだ場合、全部三十万円以上で買い取ってくれるってわけじゃないんだな。
もしかして、父さんもこのことを知っていたからあんなに驚いていたのかな?
買い取り手続きをしてもらっている間、買う物を考える。
水が出る魔道具があった。魔石を入れたら水が湧く水筒─って一本五百万!?
とてもではないが買えないので、普通の水筒にする。後は寝袋と枕はPDでの仮眠に必須だな。
荷物を運ぶためのリュックサックも。
これらはドロップ品ではなく探索者向けのメーカーが作っている品だ。
他にも便利そうなものを購入していく。
通常のよりお高いが、三十万という大金の前だと安い安い。
買うことにしよう。
「ミルクにも今度何か奢ってやろうか?」
調子に乗ってミルクに提案をする。
「いいの? じゃあパンケーキ食べたい。今度の休みに─」
と話をしていると二十歳くらいの金髪のお兄さんが優しい笑みで近付いてきた。
「ねぇ、ちょっと君」
「え?」
「さっきのスライム酒、俺に売ってくれないか。三十五万出す!」
俺がスライム酒を売るって話を聞いていたのか?
「悪い話じゃないだろ?」
「ちょっと、お兄さん。ダンジョンのドロップ品って個人売買は禁止だよ。友だち同士でこっそりってのならありだけど、こんな場所で持ちかけていい話じゃないよ」
「うるせぇ! 外野は引っ込んでろ! なぁ、頷くだけで五万円得するんだぞ?」
「悪いですけれど、彼女の言う通りです。たとえ倍額積まれても売るつもりはありません」
「テメェっ……いいから黙って売りやがれ」
と男が押し殺したような声で恫喝してきたところで警備員が走って来るのが見えて、男は舌打ちして逃げるように離れていく。
「なんだあいつ。そこまでしてスライム酒が飲みたいのか?」
「たぶん転売目的だと思う」
「転売?」
「スライム酒は品薄だから、オークションで売ればもっと高い金額で売れるんじゃないかな?」
そういえば、店員さんもオークションを勧めてくれていたっけ。
正式な査定が終わった。
買い取り額は三十一万円らしい。
一万円が誤差の範囲って凄いな。
お金はダンジョン探索者用の銀行口座に入金される。
ここに入金していると、スマホでDan-Pay払いができるのでいろいろ便利だ。
カウンター近くのテーブルに行き買い取り用紙に記入する。
お金は現金ではなく、探索者用の個人認証カードに入金してもらい、そのカードを使って選んだ商品を購入。
合計額七万円と、先日までの俺なら目が飛び出るくらいの額だったが、今の俺には安い安い。
……いや、少しドキドキしてる。
買い物をしていると─
「なぁ、スライム酒入荷したんだろ? 売ってくれよ。この店だと販売価格五十万くらいだろ?」
「買い取りはしましたが、まだ販売するまで手続きがありまして」
「そう言って上客に売るつもりじゃないだろうな? 俺はずっとここにいるから、他の客に売るのは無しだぞ」
さっきの金髪の男が店員に詰め寄っていた。
もう俺の関わるところじゃない。
販売価格五十万か……それでも買うっていうのならオークションで売ればよかったかな?
俺はまだ用事があるからと、ミルクとはここで別れた。
別れ際、高校に入学したときに買ってもらったスマホの番号を教え、さっき話していたパンケーキをご馳走する約束で次の日曜日、お昼にここで会う約束をした。
そして、俺はもう一つの目的のため、ある場所を目指す。
梅田の地下街の中央広場。
梅田Dとは少し離れているそこに、ダンジョンに続く階段があった。
販売所に行く前にここにPDの入り口を作っていたのだ。地下に続く階段が現れたというのに、みんな驚きもしない。
階段の上を歩いて行く人もいる。
やっぱり俺にしか見ることができないし、俺にしか入れないダンジョンなのだと再認識させられた。
なんでここにPDを作ったのか?
それはもちろん、PDのダンポンと梅田Dのダンポンを接触させて、Dメダルを換金できるようにするためだ。
一時間もあれば終わるって言っていたので、もう十分だろう。
PDを消そうとすると、階段が簡単に消え、普通の床に戻った。
なんともあっけない。
そして、電車に乗り、家に帰った俺は庭に再度PDを開いた後、階段を下りてダンポンに尋ねる。
「ダンポン、どうでした?」
「はい! 交換してきたのです」
お、Dメダルを無事にお金に換えられたようだな。
よかった、よかった。
「サ○ダースとブー○ターで!」
ダンポンが通信ケーブルを振り回して言う。
ゲームの話か。ダンポンの間でポ○モンが流行っているのはよくわかった。
なお、ちゃんとDメダルの換金もしてくれていたようだ。
ステータスを確認する。
壱野泰良:レベル7
換金額:4052D(ランキング:50k〜100k〔JPN〕)
体力:37/37
魔力:0/0
攻撃:19
防御:15
技術:19
俊敏:17
幸運:128
スキル:PD生成
お、順位が一千万以上から、一気に十万位以内に変わっている。
まぁ、ダンジョンで食べていける人間って一万人もいないって言うし、スライム狩りで挫折した人が多いのだろう。
自由に狩り放題でも一日で終わる数じゃないもんな。
何しろ七千匹だし。
そう考えると、初日に挫折した青木は英断だったのかもしれない。
そしてダンジョン内も少し改善された。
仮眠用の寝袋と枕を設置。この寝具、寝心地がとてもいい。
マットレスが要らないレベルだ。
このままここで寝起きをしてもいいレベル。
そして、非常食を持ち込んだ。
カロリーメイトと水だ。
これで長時間潜ることができるな。
スライム狩りは今日も好調だ。
そして好調なのはもう一つ。
スライム酒が結構な割合で出る。
三百匹に一本のペースだ。
千匹に一本とはなんだったのか?
確率の偏りが激しい。
いちいち持って帰るのが面倒な感じだ。
階段に並べているのだが、そろそろ上り下りの邪魔になってくる。
「ダンポン……これ、買い取り頼めますか?」
「スライム酒、一本三万円で買い取るのです」
販売所の一〇分の一か。
でもここで売れば出処を詮索されなくていい。
それに、いま市場に出回っているスライム酒は非常に少ないって聞く。
飲みたい人が飲めないのってかわいそうだし、可能な限り市場に出そう。
「うん、じゃあとりあえず十本ほど頼みます」
「……うっ、僕が換金できるのは二十万円までなのです……友だちからあまりお金を借りられなくて」
「そうなのか。だったらダンポンがこれを売って金に換えればいいんじゃないですか? 最低落札額三万円プラス手数料で売りに出せば最低額を下回ることはないでしょう? 売れたあとで金を払ってくれればいいから」
「それはいい考えなのです。でも、それだとお客様がオークションに出せばいいのでは?」
「そうしたいんですが、PDの説明を他の人にできない以上それはできないんです」
こんな能力、他人に知られたら嫉妬の嵐だろうし。
せめて俺が有名探索者になるまでは隠し通したい。
確定申告のある今年いっぱいでどこまで強くなれるかが勝負だ。
「わかったのです。では出品するのです。梱包と配送は僕に任せるのです」
「ええ、任せました」
「それと、さっき剣の所有申請が通ったのです。これが『ダンジョン産銃砲刀剣類登録証』なのです。ダンジョンの外に持っていくときは常に持ち歩いてほしいのです」
とダンポンは一枚のカードを俺に渡した。
こんな風になってるのか。
感謝して受け取る。
といっても、スライム相手に剣はまだ使わない。
さて、スライム狩りを続けるか。