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結婚して可愛い義息子たちができましたが、夫を殺すように命じられています! 1
著者:池中織奈 イラスト:m/g
プロローグ
「わかっているか? せいぜい、クーリヴェン公爵当主を頑張って懐柔するんだな」
「あなたに期待をしているわけではないけれど、クーリヴェン公爵当主をあなたが殺せるのならば子爵家によくしてあげるわ」
冷たい声が耳に響く。
その部屋の中にいるのは、私も含めて三人。
そこはソファの置かれた客間だ。その赤いソファには、二人の男女が腰かけている。
私はその前に立っている。座ることは許可などされていない。
与えられた黄色のドレスを身に纏い、一見すると、良いところのお嬢様に見えるだろう。
美しいドレスや身を飾るためのキラキラと輝くアクセサリー。それだけのものを与えられていれば、幸せだろうと誤認されることだろう。
─だけど、それは全く違う。それを私自身が、一番よく知っている。
私の身体は震えている。
今すぐにでも泣き出してしまいそうな、苦しい気持ちでいっぱいになる。
だけれどもそんなことをしてしまったら─私の命も、大切な家族も、生まれ育った領地もすべてが大変なことになる。
私が不甲斐なかったら、伝えられた密命さえもこなせなかったら─。
それを考えるだけでぞっとして、本当に恐ろしくて仕方がなかった。
「はい。もちろんです。私は公爵様の密命を必ず決行します。ですから、どうか子爵家のことは……」
縋るように私は、密命を告げてくる公爵夫妻に告げる。
彼らは笑って、「もちろんだ」とでも言うような余裕の笑みを浮かべている。
その笑みさえも、ただただ怖くて仕方がない。なぜなら、目の前にいる彼らは私のことなどどうにでもできるのだ。
それがわかるからこそ、なるべく平常心を保つように心がける。
まさかこんな状況になるなんて私は思っていなかった。こうして公爵家の養子になるまでは、こういう世界に関わることなどなかった。
両親や弟たちと一緒に、ただ楽しく領地で暮らしていた。幼い頃の夢も、これからの未来も私にはない。
だからこそ─、
「クーリヴェン公爵をなんとかして、殺さないと」
私はそう呟いた。
第一話 前世の記憶と、政略結婚
「あ」
がたんごとんと、揺れる馬車の中。
私、ウェリタは頭を大きくぶつけた。それと同時になだれ込んできたのは、所謂前世の記憶というものだった。
膨大な量の、過去の私の生きざまが突然思い出され、正直言って私は平常心ではいられなかった。本当に一人で良かった。誰かがいたら、私の反応は訝しがられてしまっただろうから。
今、私はとある公爵家に嫁ぐための馬車に揺られている最中だ。─馬車の中には私がただ一人きり。
自分の状況を客観的に見て、思わず乾いた笑みを浮かべてしまう。
これから嫁ぐ花嫁が、貴族にもかかわらず侍女もつけずに向かうことは、一般的に考えればおかしいことだろう。私は仮にも、公爵令嬢という立場で嫁ぐことになっている。私の乗っている馬車の後ろには、何台もの馬車が続いている。その中にはドレスや結納品など様々なものが載っているが、それは決して私のためを思って用意されたものでないことを、ほかでもない私が知っている。
前世の記憶を思い出したことで、私は冷静さを失っている。けれど私はそれよりも─今の状況と、これからの未来について考えなければならない。
「さぁて、どうしようか」
思わずそんな呟きを発してしまう。
私はこれからこの国でも有数の公爵家─クーリヴェン公爵家に嫁ぐことになっている。ただしこれは政略結婚であり、決して向こうから望まれたものではない。それは別に貴族としてはよくある話なので問題ない。
ただそれ以前に─、私の現状は問題しかない。
そもそもの話、私は元々は公爵令嬢という立場ではなく、しがない子爵家の娘である。特に特産物などがあるわけでもなく、有名でもない小さな子爵領で生まれ育った。私自身も取り立てて秀でたところがあるわけではない。
そんな私がバルダーシ公爵家の養子として、娘になり、クーリヴェン公爵家に嫁ぐことになった。
バルダーシ公爵家は私の実家の寄親という立場であり、その庇護下にある私たちは基本的にその望みを断ることは難しい。ただバルダーシ公爵家には本当の娘がいる。それなのにわざわざ私を養子にとったのはこの結婚が幸せなものではなく、バルダーシ公爵家にとって私が捨て駒だから。
私が嫁ぐ予定のクーリヴェン公爵家当主は、様々な噂がされている方だ。
氷や水系統の魔法が得意で、その魔法特性のように冷たい人だと聞いている。魔物や盗賊といった敵対する者に対して容赦がなくて、その強さや性格を理由に恐れられている。女性に笑いかけることなどまずないらしい。
見た目はとても美しい人だとは聞いているけれど、社交界の場にもそこまで出てこないのよね。その美しさから異性に騒がれてはいるが、一時的な遊び相手としてはともかくとして結婚相手としては向かないと、そう言われているらしい。
私は正直言って、そういう結婚相手に向かないとか、政略結婚とかはどうでもいい。
結婚相手自体が幾ら冷たかろうが、なんの問題があるのだろうか。
……寧ろ美形だと噂されている見目麗しい男性を旦那様にできるのは最高のことでは? と思っている。
私は前世から面食いだった。中身も大事だけど、見た目が好みであるかも重要だとは思うから。なので、正直言って美しい旦那様ができるのは喜ばしいことだった。
前世でもテレビで見かける芸能人をかっこいいなとよく見ていた。友達と一緒にイベントにいったりもしていて……、私にとってかけがえのない、前世の思い出。
あともう一つ、クーリヴェン公爵に嫁ぎたがらない女性が多いのは─彼が一度結婚を経験しているからだ。それも元奥様との間に二人のお子様がいる。そのことを嫌がる女性も多いのだ。
それに関しても、私は特に気にならない。初婚で血のつながらない子どもを持つことを嫌がる人は多いかもしれないけれど、寧ろどんな子どもたちだろうかとそれが楽しみでしかたがない。
というのも、元々前世の私は保育士を目指していた。
残念なことに大学生の頃に事故死してしまったので、その夢も叶わなかった。
いつか結婚して、子どもを持つこと。それも一つの夢としてあった。その叶わない夢が、自分で産むのではないけれど……叶うことは嬉しい。
─だけど、ただ喜んでいるばかりではいられない。
なぜなら私の状況は限りなく、詰んでいるから。
クーリヴェン公爵に嫁いだとしても、例えば此処から逃げ出したとしても─その事実は変わらない。
実の家族を頼るわけにはいかない。
……それでいてこの馬車から抜け出すこともできない。そんなことは私を送り届けている御者が許さないだろう。彼はバルダーシ公爵の手の者だ。
私が逃げ出せばそれだけ、多くの血が流れるはず。少なくともお母様たちは始末される未来しか見えない。
そもそも今の私は─とある事情で以前よりも魔法が使いづらい。そういう状況下で、一人で街の外を生き延びるなどできない。逃げ出した時点で、私も死ぬだろう。
前世の記憶を思い出してなければ、こんな風に妙に落ち着いていられなかっただろうと思う。
実際に私は前世の記憶を思い出すまでの間、不安と緊張と混乱でいっぱいで正気ではなかったから。
─だから、前世の記憶を思い出せてよかったと私はそう思う。そうじゃなかったら本当に自棄になって、冷静さを欠いた行動しかできなかっただろうから。
「はぁ……、それにしても今世も十代で死亡かぁ」
本当に詰んでいることに、私の死は決まっている。
前世では二十を超える前に死亡、今世でも十八歳で死がほぼ確定しているなんて、本当にどうしてこんなについていないのか。
そんなことを考えながらも、私は馬車に揺られるしかなかった。
「お初にお目にかかります。ウェリタ・バルダーシと申します。これからよろしくお願いします」
クーリヴェン公爵邸に到着するまでかなりの時間を要した。途中、街や馬車の中で幾夜かを明かした。バルダーシ公爵家から、この地までは遠いのだ。どちらかといえばクーリヴェン公爵領は王国内でも辺境に位置する。
馬車から降りた私のことを迎え入れてくれたのは、私の夫となるクーリヴェン公爵とその二人のご子息である。
わざわざ迎えに出てくれたというのだけでも私は驚いてしまった。だって旦那様になるクーリヴェン公爵は冷たい方だと噂されていた。それなのに、政略結婚の相手である私のことをこうして出迎えてくれようとしているだけで十分に優しいのではないかしら?
私の前世で生きていた地球では、政略結婚の物語もそれなりに流行っていた。その中で最初からクライマックスというぐらいにひどい扱いをされている作品を多々見かけた気がするもの。
「クリティド・クーリヴェンだ。よろしく頼む」
「……ティアヒム・クーリヴェンです。よろしくお願いします」
「クリヒム・クーリヴェンです」
淡々とした挨拶をされる。人によってはこういう態度を不快に思うかもしれないけれど、私はそんなことはなかった。
寧ろ、お三方ともなんて綺麗なのかしら! と興奮していた。正直言って前世も今世も私は普通の顔立ちだ。それに比べるとクーリヴェン公爵もそのご子息二人も本当に美しいの。見ているだけで幸せな気持ちになりそうよね。
旦那様は海のような青い髪と、ルビーのような赤い瞳を持つ美男子だ。私よりも九歳年上だと聞いているけれど、実際の年齢よりも若く見える。
そのご子息である二人も父親似なのかとても綺麗だわ。
長男であるティアヒム様は煌めく金色の髪と、赤い瞳。この髪色は亡き奥様の髪色を受け継いでいるらしい。次男であるクリヒム様のほうは旦那様と髪も瞳の色も一緒ね。だけど雰囲気はお二人とは少し違うわ。元奥様似なのかしら?
子どもたち二人は挨拶だけしてその場をすぐ去っていった。私のようにいきなり現れた継母を警戒するのは当然のことだと思うわ。貴族は狙われてしまったりするので、寧ろ子どもなのにそれだけ警戒心が強いのは悪い事ではない。
旦那様も侍女に私を任せると、その場を去っていってしまった。
必要最低限の挨拶だけはして、歓迎はしていないのだろうなというのが見てとれる。それでも私は構わなかった。だって最低限でも受け入れてくれる気持ちがあるのならそれでいい。
私が旦那様たちの去っていったほうをじーっと見ながら考え事をしていると、侍女から労わるような言葉をかけられた。
「奥様、気を悪くしないでくださいね。ご当主様たちは悪い方ではありませんから」
「気を悪くなんてしていないわ。寧ろきちんと出迎えてくださったことが私は嬉しかったもの。冷たい方だと噂されていたけれど、そうではないと思ったわ」
私がそう告げると、案内の侍女は嬉しそうに微笑んだ。
なんだろう、こういう気遣いを感じられるだけで私はこのクーリヴェン公爵家を好きになれるような、そんな気がした。だってこんな言葉をかけてくれるということは、彼女たちがよっぽど旦那様のことを慕っているという証だから。旦那様が慕われていなければ、こんな風な態度にはまずならない。
─本当に、なんの裏事情もなくただ此処に嫁いでこられたのならばなんて幸せな話だったのだろうかなんて思う。
ただの政略結婚であるなら、私は全力でクーリヴェン公爵家に馴染むように努力をしてそのまま幸福になれただろうな。そんな考えても仕方がないことを、私はただ思い浮かべてしまっていた。
そのまま私は侍女に案内されて、一つの部屋へと到着する。
「こちらが奥様の部屋になります」
「まぁ! 素敵ね」
その部屋を見て、私は思わず声をあげた。
だってその部屋はあまりにも素敵だった。棚も、机も、ベッドも─すべてが新調されていて、高価なものばかり
だった。こういうところに、私が過ごしやすいようにしようという心遣いが感じられる。
「ひとまずこのように整えさせていただいておりますが、奥様の好みに合わせて模様替えをしていただいて構いませんとのことですので」
「わかったわ」
やっぱり侍女の言葉を聞いていると、旦那様が冷たいだなんて嘘ではないかと思ってしまった。
だって私を迎えるために部屋を整える指示を出しながらも、私が好きに模様替えするのもまた自由という意向なのでしょう? それを旦那様が許してくださるというだけでも、私は嬉しかった。
旦那様にとって政略結婚の相手で、特に望んだわけでもない妻でも─その意思を尊重しようとしているというのはわかるもの。寧ろ優しいのではないかしら。
私がずっとこの屋敷に留まるのなら、どんな風に模様替えをしようかと心を躍らせたと思うわ。
それからバルダーシ公爵家が用意してくれた荷物を部屋の中へと運んでもらった。
これだけ見ると、私がバルダーシ公爵家にそれなりに大切にされているように見えるかもしれない。
でもそれは所詮、見せかけでしかないことを私は知っている。
あくまで私という存在を利用するためだけに、大切なふりをしているだけだ。用意された衣服なども特に私の好みが反映されていたりなどということはなく、人気なものが適当に用意されているだけだ。
一人になりたいと告げると侍女たちは部屋を後にしてくれた。
長時間の移動で疲れているからだろうと、勝手に納得してくれたようでほっとする。
私は部屋に置かれている椅子に腰かけて、ふうっと一息つく。
クーリヴェン公爵家に辿り着いてしまった。私が把握していないだけで、きっと監視の目は存在するだろう。
それにしても旦那様も、子どもたちも素敵だった。
これから毎日、家族として彼らの顔を眺められるなんて本当に素晴らしいことだわ。私がその顔を眺められるのも期間限定なのだから、その間に思う存分見ておかないと!!
そう考えると、少しだけ気分が沈む。
─少なくとも未来において、私と旦那様。その両方が存在している確率は限りなく低い。ううん、ほぼ私たちのどちらかはいなくなる。
それはなぜかというと、私が……旦那様となるクーリヴェン公爵を殺すようにという密命をバルダーシ公爵家から受けているから。
表面上はクーリヴェン公爵家と仲良くしていても、その実は蹴落としたいと考えているのだ。元々下位貴族の出である私は、上位貴族の考えていることは全くわからない。
正直言って、そんなことはしたくない。
そもそも旦那様がもし亡くなったらあの可愛い子どもたちはどうなるのだと怒りさえ湧く。
それでも私は、少なくとも表向きはそれを実行しようとしている風にしなければならない。寄親であるバルダーシ公爵家に逆らうことは難しい。それだけではなく、私の身体には魔法がかけられている。
その魔法によって、私は……旦那様のことを殺さなければ、三か月後に死んでしまう。
だから私と旦那様の、二人ともが生き延びるのなんてほとんど無理なのだ。
旦那様を殺すミッション。
それは成功してもしなくても、破滅しかないものだ。
成功した場合は、ご子息二人が不幸になる。新しいお母さんがお父さんを殺したなんて地獄絵図すぎるもの。子ども好きな私としては、そんな未来は作りたくない。
成功しなかったとしても子爵家の娘を養子にまでしてやったのに恩を仇で返されたとか、勝手にそういう風に言われるだろう。あくまで勝手に私がやったこととして処理をされて、バルダーシ公爵家は素知らぬふりをすることが簡単に想像できる。
とはいっても、私は言うことを聞いても聞かなくても、結局のところは三か月と言わずに命を落とすことになるだろう。
私は、旦那様を殺さなければ自分が死ぬ魔法をかけられているだけではなくて、少しでもバルダーシ公爵家にとって不利になる情報を漏らすことができないようにも縛られている。
……本当に上位貴族って恐ろしいわ。
それでも言うことを聞かなければならないのには、複雑な事情がある。
私の実家は、バルダーシ公爵家から大きな支援を受けている。その対価として私が養子になって、クーリヴェン公爵家に嫁ぐことになった。……とはいえ、当然その話をもらった当初は旦那様を殺す密命については説明を受けていなかった。私が承諾した後、その密命を告げられてしまったの。
言ってしまえば私は、大切な家族と故郷を人質にとられているような状況ではある。
元々こんなことになったのは、私の産まれ育った子爵領が数年前に天災に見舞われ、領民たちが生きていくことが難しいという大変な状況に陥ったから。
正直に言うと最初はただの善意からの行動だと思っていて、支援をしてくれたバルダーシ公爵家に感謝していた。とても有難くて、バルダーシ公爵家はなんて素晴らしいのだろうかと感動していた。
その時はまさか、後々になって養子になることと、別の公爵家へ嫁ぐことを望まれるとは思わなかった。そしてそれを承諾した後、恐ろしい密命を受けることになろうとは夢にも思っていなかった。
─だからこそ、どちらにしても私の死はほぼ確定しているといってもいいのだ。
だって、魔法に長けていると噂になっている旦那様を、私がどうやって殺すというのだろうか。噂どおりとてつもなく強いというのならば、普通に考えて難しい。
もしかしたら床の中で、旦那様をメロメロにして隙をついて……みたいなのを期待されているのかもしれないけれど。
設置されている鏡にちらっと視線を向ける。
明るい茶色の髪に、薄緑色の瞳の可愛らしい顔立ちの少女の姿がある。……これが今世の私。
それなりに可愛い見た目をしているとは思う。うん、悪くはないけれど特別良くもないみたいな。
旦那様はあの見た目だし、異性から好意を向けられることも慣れていると思うのよね。それこそ絶世の美女とか、可憐な美少女とかに迫られていると思うもの。
だからこそ余計に難しいのではないか、と思ってしまう。
正直前世の記憶を思い出す前は、なんとかして旦那様を殺さなければ……と悲観的になっていた。
私が命令にそぐわぬことをしたらただ死ぬだけだ。そして最悪の場合は、私の大切な家族たちも亡くなってしまう可能性が大きかったから、家族のためにもどうにか殺さないといけないと、そんな気持ちでいっぱいになっていた。
でも前世の記憶を思い出すと、これはもしかしたら失敗前提なのかもしれないと気づいた。
だって寄親のバルダーシ公爵家からしてみれば、クーリヴェン公爵家の勢いをそぎたいだけだ。
再婚した妻が夫を殺すのも、失敗して三か月で亡くなるのも─どちらにしてもスキャンダルだ。おそらく私という駒を使って、クーリヴェン公爵家の評判を落としたいだけだと思う。
「なら、好きなようにしよう」
私が結論付けたのは、旦那様を殺そうとはしないこと。だって子どもたちが不幸になるようなことを私はしたくない。二か月ちょっとで離縁してもらって、ひっそりとどこかで死のう。
それが一番平和的な気がする。
そう、私は腹をくくることにする。
結婚式に関しては明日行われる予定らしい。自分の結婚式というのは、前世も含めて初めてだ。
こういう状況でも、結婚式というのが少しだけ楽しみになっている。
……綺麗なドレスを着て、結婚式を挙げるのは素敵なことだと思うから。結婚式は質素に行うとは言われている。大々的に行うようなものではなくて、あくまで本人たちだけでひっそりと行われるもの。
ご子息たちはいるかもしれないけどね。
それにしても彼らの結婚式での衣装を見られるだけでも楽しいわよね!!
短い間とはいえ、死ぬ前に美形な旦那様と可愛い息子が二人もできるのだから楽しまないと。
でもひとまず、旦那様にはきちんとお話はしないといけないわ。
ただほかの人たちに聞かれるのもどうかと思うので、結婚式の後の─初夜の時なら二人っきりで話せるかしら?
旦那様は私に対して興味などはないだろうから、私が二か月で去りたいと言ってもそれを受け入れてくれるのではないかしら? なんか雰囲気的に去る者を追いかけたりなどしない気がするもの。
結婚式のドレスとかは、バルダーシ公爵家から持ってきたものを着ることにしている。侍女からの話では、結婚式が行われるからと食事も豪勢にしてくださるみたい。
正直養女になるまでは子爵家の屋敷でしか過ごしてないから、こういう高価な家具が沢山並べられていたり、沢山の侍女たちに仕えられるのは慣れない。
私の実家なんて、料理などを作ってくれる侍女が一人いただけだったもの。だから、ある程度自分たちでやっていたわ。
これだけ綺麗で大きな部屋に一人も、少しだけ寂しいわよね。まぁ、残り二か月だけだから思う存分楽しむほうがいいのだけど!!
それにしても結婚式って、口づけなどするのかしら? ちょっとそれは緊張するわ。
そんなことばかり私は考え、気づけば眠りについていた。
目を覚まして、早速結婚式の準備を進めている。
「奥様、綺麗です!」
「こんなに可愛らしい奥様にお仕えすることができるなんて嬉しいです」
なんだろう、こんな風に褒められると照れてしまう。
侍女たちはにこにこしながら、私のことを見ている。なんというか、旦那様本人や子どもたちはともかくとして、この屋敷に仕える人たちは私のことを受け入れているというか、私が嫁いでくるのを喜んでくれているというか……。
単純にそういうのを見ると、ただ嬉しくなる。
だけれどもこれだけ受け入れてもらっても、結局私は二か月経ったら此処を去るのよね。そう思うとなんとも言えない気持ちにはなった。
まぁ、こんなことをいちいち考えていても本当にどうしようもないので、一旦頭の隅にどけておくことにする。
本当に前世の記憶を思い出せてよかった。
思い出していなかったら─私はこうやって自分のことを客観的に見ることなんてできなかった。
それにしてもこんな綺麗なドレスを身に纏って、結婚式をあげるなんて思ってもいなかったなぁ。
密命を受ける前は、正直結婚のことなんて何も考えていなかった。私は子爵家の長女でしかなくて、どちらかというと弟の結婚のほうが大事だもの。跡取りだしね。
社交界デビューはしていたけれど、領地を襲った天災により我が家には余裕はなかった。だからパーティーなども必要最低限しか参加したことがなかった。
そんな状況だったから、嫁ぎ遅れになるんだろうなとは思っていた。貧乏な子爵令嬢と結婚したがる人など、あまりいないもの。
だから結婚式に関しては、ただ嬉しいなと思う。
着飾った私は、そのままクーリヴェン公爵家の屋敷内で行われる結婚式に向かう。立会人は神官と子どもたちだけ。
簡潔に誓いの言葉を神官に述べられ、それに私たちは頷く。
旦那様は私のほうを見ることもほとんどない。……本当にあまり関心がないのだろうなというのはよくわかる。それでも嫌悪感がないのはわかる。
それに……バルダーシ公爵家の人たちに比べたら全然怖くない。
─あの男を殺すのだ。
そんな風に冷たい瞳で、それこそ私の命なんてどうでもいいと……虫けらのようにしか思っていないと示す瞳に比べると寧ろ温かみさえある。
思い出したらぞっとしてしまった。
でもそんな恐ろしい気持ちは、旦那様からの誓いの口づけによって吹き飛んだ。
綺麗な顔が視界いっぱいに広がる。なんて美しい顔立ちなんだろう。同じ人間だと思えないぐらいのその美しさに……私は見惚れてしまう。そして恐怖心なんて吹き飛んでしまった。
きっと旦那様は私と口づけをすることになんの意味も感じていないだろう。それでも私にとっては─やっぱり死ぬ前にこんな素敵な旦那様ができるのは最高のことなんだってそう思った。
式が終わった後、ふわふわした気持ちでいっぱいだった。
なんだか、自分が結婚した実感なんて全くわかなくて不思議な気持ち。
屋敷に仕える人たちが用意してくれた食事をとる。
とはいっても、基本的に私は会話を振られたりすることはあまりなかったけれど。それでも─旦那様と子どもたちと一緒に食事をとれるのは楽しかった。
それに食事は奮発してくれたみたい。美味しいものを食べるとなんて幸せな気持ちになるのだろうか。
……どんどん口に入れて、女性にしてははしたないと言われるぐらいに食べてしまいそうになったわ!! 我慢したけれど。
だっていきなり大食いなところを見せるのは引かれてしまいそうで、恥ずかしいもの。
そういうわけで私はそのあたりは我慢して、貴族令嬢としてきちんと礼儀正しく食べたわ。一般的な食事量を心がけて食べたの。
それにしても食事をとる姿でさえも綺麗だし、可愛い。
旦那様も子どもたちも、見ているだけで幸せな気持ちでいっぱいになってくる。
夜になったら旦那様にきちんとお話をしなければいけないわ。……ちゃんと、旦那様は私の話を聞いてくださるのかしら。
変なことを言うなと訝しがられたりしてしまうのかな。
私はそんなことを考えると、妙に緊張してしまった。
だって旦那様は私なんかのことはどうにでもできるだけの力を持ち合わせているもの。もっとも流石に、いきなり殺されることはないとは思っているけれど。だって恐れられているとはいえ、そんな人だったら貴族家当主なんてできないものね。
食事を終えた後に、私はふーっと息を吐く。
侍女たちに身体を磨き上げられたけれど、その必要はないのにね。
どちらにしても旦那様も、いきなり押し付けられた私と進んで関係を持とうとなどしないだろうし。
でも寝室で旦那様を待つのは少し緊張するわ。
ベッドに腰かけてドキドキして、落ち着かない。
旦那様がこちらを訪れるのも妙に落ち着かないし、話を聞いてもらえるだろうかとそういう気持ちでもいっぱいになる。
しばらくして旦那様がやってきた。
なんて、色気があるのかしら……。妙にドキドキしてしまうわ。
旦那様はベッドに腰かける私に近づいてくる。って、見惚れている場合じゃないわ。話をしないといけないわ。そう思って私は声をあげる。
「旦那様! 話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「私、事情があって二か月で離縁したいです!」
「……何が目的だ?」
突然の私の言葉に、旦那様は眉を顰める。そういう怪訝そうな表情も様になっているわ。
その鋭利な、宝石のような赤い瞳は見つめられると吸い込まれてしまいそうだ。こういう風に見つめられると、おびえてしまうような人もきっといるんだろうな。
私も……ちょっとした怖さはある。それでも私は怖いよりも、綺麗だなと思った。それに旦那様の、無感動な瞳が私は嫌いじゃない。
「理由は言えませんの。申し訳ございませんわ。勝手に私が出ていったとでも処理していただいて構いませんわ。だから夜の営みもなくていいと思うのですわ! ただこの屋敷に滞在している間は仲良くできればと思いますの」
本心からの言葉を口にする。
ひとまずきちんと説明ができたことにほっとする。それにしても突然、こんなことを言いだすなんてどう思われてしまうだろうかと少し怖くなる。
だけど、私には時間がない。
きちんと言葉を伝えなければならないのだと、私はそう思っている。だって残り少ない時間を後悔なんてしたくない。
「わかった」
旦那様は私の言葉に頷いたかと思えば、ベッドに寝転がった。私は旦那様の行動に、驚いてしまう。
「旦那様……?」
「寝るぞ。手は出さないから安心しろ」
不思議に思って呟く私に、旦那様はそう言った。
旦那様は私の望みをきちんと聞いてくれようとしているみたい。夫婦として、夜の営みはする気はないが此処で眠るつもりではあるらしい。
でも確かに……別々のベッドで眠ったら、周りから面倒なことを言われる可能性も高いものね。
「はい! おやすみなさい、旦那様」
男性と一緒に寝るなど、普通なら何をされてもおかしくない。それでも旦那様は私が望まなければそういうことをすることはないだろうとはわかった。
出会ったばかりなのに、勝手に私は旦那様のことをどこか信頼してしまっていた。私って単純だなと思うけれど……。
私は初めての結婚式の疲れと、旦那様と話ができてほっとして……そのままいつの間にか眠りについてしまった。
そんな私を旦那様が呆れた目で見ていたことを、私は知らないのだった。