01Short Story

【特典SS】男達の極秘任務 Side.リシャール
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【特典SS】男達の極秘任務 Side.リシャール

「大丈夫! 団長にはあらかじめ許可をもらってるから、不法侵入じゃないよ」
 ヒルシュタイン公爵邸の庭園にて。大の男が二人も集まり、なぜ生垣の後ろにこっそりと隠れているのか……俺は自分の置かれている状況を理解できずにいた。
 王都で必要なものを買い揃えてノーブル大商会を後にしようとした時、『君が来るのを待ってたよ』と捕まり、なぜかここにいる。
「あ、あの、殿下……ここで一体何を……」
 俺を突然ここへ連れてきた張本人――アレクシス殿下にそう尋ねると、彼はにっこりと微笑みこう答えた。
「君は虹を作ろうプロジェクトの一員に選ばれたのだよ、リシャール君」
 何を仰るかと思えば、また突拍子もないことを。しかし殿下のノーブル大商会に領地の復興を支援してもらっている手前、無下にもできない。
 ひょうきんで掴みどころのない御方だが、殿下の着眼点はとても優れている。王族では珍しく、民の視点に寄り
添った彼の意見は、時代に取り残されたログワーツ領の復興を円滑に進める上でとても役に立った。
 復興に不可欠なのは、民意を大事にすることだと教えてくださり、大きな反発を起こすことなく復興に励めているのは、間違いなくこの御方の助言があったからだ。
 それに殿下は俺が王都に送還されている間、ログワーツの代理領主を務めてくださっていた。復興の計画を立てる手腕もさることながら……一番驚いたのは俺が不在の間、毎日欠かさず両親の墓前に花を供えて祈ってくださっていたことだった。
『君には、つらい思いをさせてしまったね……本当にすまない』
 両親の死を追悼し、今回の件はもとを正せば王家の管理不足が招いたことだと、謝罪してくださったのだ。
 悪事に手を染め、両親は大罪を犯した。それでも俺は、両親のすべてを憎んでいたわけではない。
 幼い頃は確かに、愛情を注いでもらった記憶もある。あの運命の日を境に、両親はおかしくなってしまったのだ。
 止めることができなかった。抗うことができなかった。
 自責の念に駆られながらそれでもせめて、もうこれ以上悪事を働いてほしくなくて、俺は必死に抗い続けた。
 しかしその度に誓約呪術の罰を受け、自身の無力さを思い知らされた。時折見える優しかった頃の両親の面影と、抗えない現実の落差。そして救えなかった命に絶望しながら――。
 そうして殿下が責任の所在を別に示してくださったおかげで、俺はそれ以上自分を責め続ける必要はないと、心が救われた。
 だからこそ、この御方を尊敬している。しているのだが、やはりたまに理解不能なこともある。それがまさしく、今だった。
「虹を、作る……のですか?」
「うん、そうだよ。七色に輝く、あの美しい虹を作るんだ」
 そんなことが可能なのか考えていると、申し訳なさそうに殿下が仰った。
「あぁ……そうか、雪で天候の荒れていたログワーツでは、あまり見る機会もなかったよね」
「確かに、そうですね。ですが学生時代に一度だけ、王都で見たことがあります。その、マリエッタと一緒に……」
「共に見上げた虹は、とても綺麗だっただろう?」
「はい! 隣で嬉しそうに笑うマリエッタがとても綺麗で……いや、虹ももちろん綺麗でした」
「フフ、それなら話は早い! その笑顔、また見たくないかい?」
「見たいです」
 俺がそう頷くと、殿下はまるで少年のような悪戯な笑みを浮かべて手を差し出してこられた。
「よし、話はついたね。それじゃあ姫君たちを笑顔にする虹を、共に作ろうじゃないか!」
 そう仰る殿下の視線の先には、ヴィオラの温室がある。どうやら中では、ヴィオラとマリエッタがティータイムを取っているようだ。
 殿下がいつにもまして生き生きとしておられるのは、ヴィオラを喜ばせるためだとわかり、納得した。
「しかしどうやって、虹を作るのですか?」
「虹は太陽の光が雨粒の中で、屈折と反射をして見えるらしいんだ。だから君の水魔法と僕の風魔法、力を合わせればきっとできる!」
 これを見てと、殿下から手渡された紙を広げて中を確かめる。
 するとそこには時間ごとに変化する太陽の動きから光が照射される角度を考慮し、緻密な計算の上で虹を人工的に作るための方法が図式でわかりやすく書かれていた。
「すごいですね。殿下がお調べになられたのですか?」
 そうなんだ! って自慢したいところだけど……と前置きして、殿下は笑いながら真実を教えてくださった。
「実は噴水の水を風で拡散して実験してたら、たまたま庭園を通りかかったレイモンド卿にかかっちゃってさ。後日、着替えを借りたお礼だと言って、レイモンド卿がその紙と一緒に、実験が成功しない理由を教えてくれたんだ」
 なるほど……小公爵様はかなり博識な方だとは伺っていたが、これほどまでにすごい御方だったとは。
「この図式を元に、僕は導き出したんだ。ヴィオの温室から綺麗な虹を見るには、夕方にこの場所でやるのがベストだって!」
「そうだったのですね」
 確かに温室を背に太陽が出ている今なら、ティータイムを楽しむ二人の位置からちょうどいい角度で虹を見ることができるだろう。
「大きな虹を作るには、高い場所からそれなりの範囲に水を拡散させる必要がある。だから空を飛べる君に、手伝ってもらおうと思ったんだ!」
 人脈のある殿下なら、水魔法を使える精霊騎士に声をかければ簡単に実現できたはずだ。それでも俺を頼ってくださったのが、なんだか嬉しかった。
「ぜひご協力させてください」
「助かるよ、ありがとう!」
 それから詳しい作戦を聞いた俺は、精霊獣のペガを召喚し、殿下と共に上空へと移動した。
 ペガサスだからペガ――なんとも安直な名付けだ。しかし本人が気に入ってくれているから、今では愛着のある名前になった。
 目的の場所に着いた俺は真っ直ぐ上に手をかざし、殿下の合図に合わせて手筈通り水魔法を放った。そこへすかさず、殿下が風魔法を螺旋状に発動する。
 竜巻のような風に呑み込まれた水は細かく砕かれ、空気中に拡散していく。
 失敗したらびしょ濡れになる覚悟をしていたが、やはり殿下の風魔法はすごいな。ミスト状に広がった水が頬を掠め、心地の良い冷たさを感じる。
「リシャール君、さぁ次に行くよ」
「はい、殿下!」
 場所を移動し、隣接した位置で再び水魔法を上空に向けて放った。
 それに合わせて殿下が水を周囲に拡散し、虹が見えやすくなるよう空気中の水分量を増やしていく。
 俺は上空に水を放出するだけでいいが、殿下の放つ風魔法は水を空気中に均一に拡散させる必要があるため、緻密なコントロールを要求される大変な作業だ。
 案の定、回数を重ねるごとに殿下はかなり魔力を消費されているようで、額には薄く汗を滲ませておられた。でも口元はなぜか、楽しそうに綻んでいる。
「どうして、虹を作ろうと思われたのですか?」
 こんなに大掛かりなことをしなくても、ヴィオラを喜ばせる方法なら他にいくらでもあるだろう。それこそ花を贈れば簡単に、彼女を笑顔にすることはできるはずだ。
「美しいものは、ヴィオに閃きを与えるんだ。その新たな着想を得た時にこぼす笑顔が、最っ高に可愛い! だから虹を作るのは、僕がその笑顔を心に焼き付けておきたいからだよ」
 夕日を背にして、爽やかに笑ってそう仰る殿下が、俺にはとても眩しく見えた。
 自分にとってのマリエッタと同じように、殿下にとってヴィオラは、本当に唯一無二の存在なのだろう。
 手間なんてどうでもよくなるくらい一生懸命で、本当に心から楽しんでおられるからこそ、普段より一層生き生きと輝いて見えたのだな。
 思い返せばログワーツで代理領主の引き継ぎをしてくださった時も、殿下の原動力の源にはいつもヴィオラの存在があった。
「可愛さなら……マリエッタだって、負けません!」
 最大級の惚気話を聞かされたせいか、気がついたら俺はそんなことを口走っていた。
「へぇ~つまり君は、僕に勝負を挑んでくるんだね?」
「え、いや、決してそういうつもりでは……!」
「じゃあ早々に負けを認めるのかい?」
「みとめ…………たくありません!」
 この場合の負けはと考え、圧に負けて同意しそうになった頭を、俺は慌てて左右に振って答えた。
 どう考えたって、世界で一番可愛いのはマリエッタだ。それ以外は認めない。認めたくない。
 しかし殿下に張り合うのは、不敬なのではという焦りもあった。そんな俺の不安は、「ぷっ、あはは!」という殿下の笑い声に吹き飛ばされた。
 声を上げてひとしきり笑ったあと、殿下は目の端に滲む涙を拭いながらこう仰った。
「僕は、君が張り合ってくれるほうが嬉しいんだよ? だってヴィオの本当に可愛い姿は、独り占めしたいからさ」
「じゃあ、このプロジェクトに俺を誘ってくださったのは……」
「マリエッタ嬢のことしか見てないからだよ。それに君は真面目すぎるから、たまには息抜きもしたほうがいいと
思ってね――ってことで、最後の仕上げだ!」
 ラオを操り颯爽と上空へ高く飛んでいく殿下のあとについて、俺も移動する。
「リシャール君、最後は全力でお願いできるかい?」
「わかりました、お任せください」
 殿下の魔力は大丈夫だろうかと不安がよぎるも、わざわざ全力でと付け加えられたことを考えれば、手を抜くほうが失礼だろう。
 指先に全神経を集中させ、俺は全力で上空に水魔法を放った。
「ははっ、やるねぇ!」
 紫色の瞳を輝かせ、口角を上げ風魔法を放つ殿下は、やはり楽しそうだ。どうやら心配は無用だったようで、殿下は見事に俺の放った水魔法を綺麗に空気中に拡散してくださった。
 そうして日か沈む前に、ようやく作戦の範囲全てに水を拡散させることができた。
「やったね、リシャール君!」
「はい! これできっと温室から綺麗な虹が……」
 喜びを分かち合う俺たちのそんな会話は、「ちょっと二人とも、そこで何してるのよ!」と地上からこちらに話しかけてくるヴィオラの声に遮られた。
「え、もしかして……リシャール様……⁉」
 鈴の音のような澄んだ可愛い声に視線を落とすと、そこにはマリエッタの姿まである。
 達成感に包まれていた俺たちは完全に油断していた。作業をしている間、ヴィオラたちが空を見て俺たちの存在に気づくかもしれない可能性を。
「しまった! バレてしまったよ、リシャール君! 僕はこっそりとヴィオの笑顔を見たかったのに! そのために、双眼鏡まで用意してきたっていうのに!」
 ちなみに君の分もあるよと差し出された双眼鏡に、俺は思わず吹き出してしまった。
 全力で楽しもうと懸命で用意周到なのに、肝心な部分が抜けている――殿下のそんなギャップがおかしくて。
 さらに拍車をかけるように双眼鏡を目に当て、「でもムッとしているヴィオも可愛い」と状況を楽しむポジティブな殿下を前に、プルプルと震える肩が止まらない。
「仕方……、ありません。諦めて、降りましょう、殿下。事情を話して、一緒に見上げる虹も……っ、きっと……綺麗ですよ!」
「笑いながら言われても、全然説得力ないんだけど……⁉」
 必死に笑いをこらえて言葉を発する俺に、殿下は不服そうな顔で口を尖らせておられる。
「くくっ……す、すみません……っ!」
「まぁ、バレてしまったのなら仕方ない。この子の出番はまた今度にして、堂々と行くよ!」
 そう言って双眼鏡をポケットにしまった殿下は地上に降り、開口一番「大丈夫、今日は団長の許可もらってるから!」とヴィオラに詰め寄った。
「そ、それならいいわ……それよりも、近いから少し離れてくれる?」
 確かに、殿下の距離感はどこかバグっているようだ。 
「ごめんごめん、はやる気持ちを抑えられなくて」
 状況を理解していないヴィオラは、困惑した顔をしていた。そんな彼女の手を引いて、「ヴィオに見せたいものがあるんだ!」と殿下は颯爽と温室の中へ入っていってしまった。
 目の前で、当たり前のように手をつなぎ去っていった二人を見て、俺は衝撃を受けた。どうすれば、あんなにも自然に手をつなげるのだろうと……。
「リシャール様……?」
「あ、いや……その……」
「空で何をなされていたのですか?」
 一から順を追って説明すべきだろうか? しかしそんなことをすれば日が沈み、せっかくの虹が見えなくなってしまうだろう。
「マリエッタ、君に見せたいものがあるんだ。その……よかったら、一緒に来てほしい」
 勇気を振り絞って差し出した手は、情けないことに緊張で震えていた。
 それでも、「はい、楽しみです!」と、マリエッタは臆せず笑顔で俺の手を取ってくれた。
 一年前、俺を見て怯えていたマリエッタの面影は、もうそこにはない。
 嬉しくて喜びを噛み締めていたら、「ほら二人とも、早くこっちに来て!」と興奮した様子で温室の扉を開けたヴィオラが、俺たちを手招きしてくる。
「行こうか」
「はい!」
 マリエッタを温室の中へエスコートすると、一番良い位置で見えるテーブル席をヴィオラと殿下が譲ってくれた。
 二人が椅子を引いて座るよう促してくれて席につくと、美しく咲き誇る花の奥にあるガラス張りの壁の奥には、七色に輝く虹があった。
「わぁ……すごく綺麗ですね! あんなにくっきり見える虹は初めてです!」
 満面の笑みを浮かべ、美しい緑色の瞳を輝かせるマリエッタの方が、やはり虹より綺麗だと思った。
 最高の笑顔を胸に焼き付けておきたいと仰られていた殿下の気持ちが、今ならよくわかる気がした。
「(さぁ、リシャール君。ここで決め台詞だよ)」
 後ろからこっそりと殿下に耳打ちされ、俺は固まった。決め台詞? 決め台詞ってなんなんだ。
「よ、喜んでもらえて嬉しい。殿下と一緒に、頑張って作った甲斐があった。その、……君の、美しい笑顔を見れたから」
「…………あ、ありがとうございます」
 照れくさそうに、ほんのりと頬を赤く染めるマリエッタは、世界で一番可愛かった。
「リシャール様、よかったらペガと一緒に、モデルになっていただけませんか?」
「え、俺が……?」
 思わぬ提案に驚き俺が目を丸くすると、マリエッタは一呼吸おいて口を開いた。
「……貴方と一緒に見たこの景色、忘れたくないんです」
 こちらに注がれるマリエッタの憂いを帯びた眼差しに、胸が締め付けられるように苦しくなる。
「もちろんだ! 俺でよければ喜んで」
 マリエッタの抱える不安を少しでも拭いたくて、俺は即答した。
 するとマリエッタは、「とても嬉しいです、ありがとうございます!」と、花が綻ぶような美しい笑みを浮かべてお礼を述べた。
 もう二度と、マリエッタを悲しませたりしない。
 この笑顔を守るために努力しようと、俺は深く心に誓った。